ー エピソード12 雨降って地固まる ー
健一は書き留めていた書類をファイルに綴じると、ふうっと息を吐いた。
そしてちょっと奥でモニターを見ている大槻巡査に話しかけた。
「俺はもう上がるよ。少し休憩にしたらどうだ。目が疲れるぞ」
「は、はい・・あと少しです。ありがとうございます」
大槻を見た健一は彼の真面目な姿に感心すると同時に心配になった。気を張りすぎて
倒れたりしなければいいが。
と、そんな時だ。ドアが開いて息を切らした男性が入ってくるなりこう言った。
「おまわりさん、来てください!」
「どうしました?」
「おばあさんが・・道端で倒れてるんですよ。それも・・手首から血が・・」
「・・何?!」
2人は駆け出した。そして男性について行くと、道端のちょうど大きな街路樹の植
わっている茂みのそばで一人の老女が横たわり、数人の人が心配そうに見守っているの
が見えた。
「大丈夫ですか?」
人々は2人が来てくれたのを見て安心したように離れた。
「何かあったのかわかる人はいますか?」
すると人々は顔を見合わせたが、誰も首をかしげてばかりだった。が、そのうちの一
人がこう言った。
「よくわからないけど・・急に倒れこんだんですよ。見てみたら、血が出てて・・誰
もそばにいなかったようだし」
「もしかしたら、自分で切ったのかもしれないなあ」
「自分で・・」
健一は眉をひそめた。
「先輩、とりあえず呼びますか」
「ああ、そうしてくれ」
大槻は携帯で電話をかけた。そして数分で救急車がやってきた。
2人は状況を説明し、いろいろと処置をした救急隊員は病院へと連れて行くことにし
た。
サイレンを鳴らして去っていく救急車を見送りながら、健一たちは老女の身を案じ
た。
数日後。
病院へ運ばれた老女は命を取り留め、安静しているということを聞いていた健一は城
嗣とともに彼女のいる病室へ向かった。
もし事件だとしたら犯人を捕まえなければならない。例の女たちの仕業かと一時署内
で話が上がったが、Black Widowはそもそも無駄な殺傷はしない。巨万の額を手にした男
たちを狙っている。相手が違うのだ。
そんなわけで、少し安定したところを見計らって話を聞いてみようというわけだ。
2人は上階の一室を訪ねた。2人は警官姿を見て腰を抜かすといけないということ
で、スーツ姿だった。
ドアを叩くと、小さな声ではあるが、どうぞという返事があった。
2人を見ると、老女は首を傾げたが、健一たちの見せた警察手帳を見て安堵したよう
な表情を見せた。
「お具合はいかがですか」
「ええ・・この度はどんなご迷惑を」
「いいんですよ。何があったのかわかりませんが・・命を粗末にしてはいけません
よ。ご家族はいらしゃるのでしょう?」
すると老女は顔を背け、うつむいた。
2人は顔を見合わせたが、それ以上話すのはやめようと思い彼女に視線を戻したが、
老女はこう話し出した。
「・・・お友達がいたのですが・・もう会えないんです。」
「どこか遠くへでも?」
「いいえ。敷居が高くなってしまって」
「・・何かあったのですか」
「・・・実は・・儲け話に主人が乗ってしまい、破産してしまったんです。その方に
は多額の借金をしてしまいました。気前のいい方だったのでつい甘えてしまっ
て・・・なんとかお返ししたいとは思ったのですが・・主人が亡くなり、収入もなく
うやむやに・・。なんだか申し訳なくてもうその方のお家には行けないのです。」
「そうですか。それで・・」
「知り合いも次々とあの世へ旅立って行きました。親戚とも会ってません」