健一と城嗣は病院を後にしたが、老女が気の毒でたまらなかった。そして交番でも
暗い顔していたのでテレビを見ていた甚平は2人のところへやってきた。
「ねえ、なんだい、2人とも。葬式みたいな顔しちゃってさあ」
そして手慣れた手つきでカップにコーヒーを注いで差し出した。
「ほら」
「甚平、気が効くなあ、ありがとう」
「ねえ、兄貴。」
「ん?」
「さっきさあ、”敷居が高いから行けない”って言ってたけどさ、その家、そんなに豪
邸なの?」
「なんで」
「え?だってー」
健一はああ、という顔をした。
「”敷居が高い”というのはな、”自分がその家に対して何か不誠実なことをしたた
め、その家には行けない”という意味だ。つまり、後ろめたいことがあるので足を踏
み入れることができない、ってことさ」
「へえ〜、悪い意味なんだー」
「ああ。」
「さすが兄貴、何でも知ってるね」
「いや、と言っても俺も最近知ったんだ。この前本を読んでたらそう書いてあって
ね。」
甚平は隣で知らん顔でコーヒーを味わっている城嗣を見た。
「ジョーの兄貴はさ、ことわざとか得意だから当然知ってたんだろ」
「・・えっ、・・ま、まあな」
健一は吹き出したが、城嗣は睨んだ。
「ふんっ」
「あー、さてと、おいらそろそろ行かなくっちゃ」
「どこ行くんだ」
「お姉ちゃんとデートだよ」
「へえ、そうか・・いいなあ」
「兄貴、羨やましいかい?」
「そりゃそうさ、俺は一人っ子だし、姉貴とか兄貴がいたら楽しいだろうなあっ
て。だから甚平が羨やましいよ」
甚平はがっくりと肩を落とした。
「・・・ったく、兄貴は〜・・」
「やめとけ、甚平。健には一生無理だ」
「そうだね」
「何がだ?」
すると甚平と城嗣が同時に自分を睨んだので、思わず肩をすくめた。
「・・・なんだ?」
それから数週間経った。
交番にあの老女が訪ねてきた。健一は彼女を迎え、城嗣と純子は椅子や飲み物を用
意した。
「お元気そうですね」
「はい、ありがとうございます。実はみなさんに報告をしたくて」
「報告?」
「自治会の方から誘いがあってサークルに参加したのですが、以前お話しした友人
がいたんですよ。私はちょっと躊躇したんですが、彼女の方から声をかけてくれ
て・・もう昔のことは忘れましょう、私も独り身だから是非遊びにいらしてくださ
いって」
「そうですか!よかったですね」
「ええ、これも皆さんが助けてくださったおかげです」
「するってえと、”敷居が低くなった”ってわけだな」
そう城嗣が言うと、純子は笑った。
「そうね。しかも、永遠に」
老女は笑った。
そしてふと外を見て、立ち上がった。
「お友達が見えたわ。行かなくちゃ」
「ええ、行ってらっしゃい」
老女はお礼を言って、ドアを開けて通りかかった一人の老女のところへ行った。
友情というものは余程のことがない限り壊れないものなのだ、と健一たちは楽しそ
うに歩いていく2人を見て思った。
