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                      ー エピソード10 幼き思い出 ー





             交番前は大通りのため、いつも車が行き交い、人々が歩道を行き過ぎてゆく。
             城嗣は時々目をやりながら手元の書類を眺めていた。
             今は健一が巡査を連れてパトロール中だ。なので彼一人が中にいるというわけだ。
             彼はふと顔を上げて入り口を見た。腕を組み、開けたドアに寄りかかっている女がいた。
             「・・・・君・・・」
             それはBlack Widowの一人だった。いつもと同じ黒いボディースーツに身を包み、同じよう
            に艶やかな黒く長くウェーブのかかった髪が顔を縁取っている。
             彼女は彼に近づいてきた。
             城嗣は書類を閉じた。
             「なんだ?文句を言いに来たのか?邪魔されたって」
             「そうよ」
             女はじっと城嗣を見つめた。
             「とんでもないことをしてくれたわ。大きな代物だったのに」
             「噂は本当か?孤児院に金を入れているって」
             「さあね」
             女は背中を向けた。
             「また会いましょう、夜に。昼は明るいし目立つから」
             そして行こうとしたが、城嗣はこう尋ねた。
             「待てよ、君の名前は?」
             女は振り向いた。
             「なんでよ」
             「ただ”女”じゃ失礼だろ」
             「・・・リサよ」
             「そうか。俺はジョージだ」
             「・・・」
             女は冷静な表情をしていたが、一瞬眉が動いたのを城嗣は見逃さなかった。
             リサというその女は今度こそ出て行った。
             城嗣はバイクの音を聞きながら、ふうっと息を吐いた。


             警察署員の暮らす寮は町外れの奥まったところにあった。主に若い巡査クラスの者たちが
            いたが、単身赴任のベテラン刑事らも住んでいた。長い休みには帰省する者もいたが、緊急
            に呼び出しを受けて数日戻ってこないこともあった。
             城嗣は娘の相手をするのが帰ってからの日課になっていた。華音はまだ幼いので彼に甘え
            てばかりだが、いつしか距離を置くようになっていくのだろう。子供の成長は嬉しくもあり
            寂しくもあるのだ。
             そんな彼は膝の上に彼女を乗せて大好きな絵本を読んで聞かせていたが、コツンと窓に何
            かが当たる音に顔を上げた。目を逸らそうとしたが、また何かが当たった。
             「華音、すぐ戻るから待ってて」
             「うん」
             城嗣は部屋を出ると階段を降りた。辺りはすっかり真っ暗だ。人の気配はない。
             「悪いわね、お子さんと一緒のところ」
             城嗣はハッとして振り向いた。
             昼間交番に来たリサが壁に寄りかかっていた。
             「・・何か用か」
             「別に。・・ねえ、捕まえないの?目の前にいるのに」
             「現行犯じゃない限り捕まえることはできない。残念だがな」
             「そう、良かった」
             「昼間の時の答えまだだぞ」
             「・・そんなに聞きたいの?ただの気まぐれよ。遊んでみただけ。世間が大騒ぎするで
             しょ?楽しいじゃないの」
             「ふんっ。悪い奴は皆そう言うぜ」
             「私たちは諦めないからね。またでかいのをやってやる」
             「・・予告か?」
             リサはふふと薄ら笑いをし、背中を向けた。大きな蜘蛛が不気味に笑っている。
             城嗣は彼女の後ろ姿を見つめ、こう言った。
             「・・アリーチェ」
             「・・・・」
             行きかけたリサの足が一瞬止まった。が、足早に去って見えなくなった。
             城嗣は黙ってじっと彼女の行った先を見つめた。








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