title_banner



                       〜エピソード14 仔犬がやってきた!〜




                1本の電話が鳴った。
                調書に目を通していた城嗣は書類から目を離さずに受話器を取った。
                「はい、デリカ通り前交番です。」
                『庶務課ですが、実は連絡がありまして。』
                警察署からの電話だった。何か事件でも起きたのか?と彼が思っている
               と、電話の主はこう続けた。
                『警察犬の担当部署から、仔犬が思ったよりも多く産まれてしまい、しば
                らくの間各交番で預かってもらうようお願いされたんです。』
                城嗣はとっさの事に驚いたのか、は?と聞き返すのがやっとだった。
                「おい、何故交番に?警察署で何とかならねえのか?」
                『実はここもいっぱいなんです・・・』
                困り果てている事は声の調子で分かった。とにかく、繁殖の時期だから仕
               方ないのだろう。
                「・・分かったよ・・・」
                『養成学校に入れるまでの短い間なので、ご面倒はそう長くお掛けしませ
                ん。』
                ああ、ぜひそうしてくれ、と彼は思った。
                受話器を置いた彼を見て健一が聞いた。
                「どうしたんだ?」
                「警察犬養成担当から仔犬がたくさん産まれて人手が足りないので1匹ず
                つ割り当てるから面倒見ろ、ってよ。」
                「ふーん・・。」
                「おい、感心してる場合じゃねえだろ。」
                「でもずっと見てろ、という事じゃないだろ。大丈夫だ、何とかなる
                よ。」
                「何とかなる、ね。そうは行くかな。」

                華音は署内の育児室が終わってしまうと、いつも城嗣のところへ来るのが
               日課になっていた。
                彼女は2歳ちょっとという年齢に似合わず、しっかりとして手の掛からな
               い子だったので職員の手を煩わす事があまりなかったが、やはり親が恋し
               く、城嗣のところでは子供らしく甘えたり時には我が侭を言って困らせたり
               していた。
                華音はその日も仕事中の城嗣に甘えたりして邪魔していたが、彼は口では
               やめるように言うものの、折れて彼女をあやしていた。
                そんな彼らのところへ誰かがやってきた。警察署のバンだった。
                健一は出て行って降りて来た職員と立ち話をしていたが、やがて車は行っ
               てしまい、彼は中へ戻って来た。
                城嗣と華音はそんな彼を見たが、華音は健一の腕に抱かれているのを見た
               瞬間、目を輝かせて駆け出した。
                「ワンちゃんだー!」
                健一は彼女に仔犬を渡した。華音は仔犬を受け取ると、嬉しそうに抱きし
               めて奥へと小走りに向かった。
                「華音、走ると転ぶぞ。」
                「だいじょうぶー。」
                城嗣は華音の後ろ姿を見てやれやれとため息をついて、乱暴に脱ぎ捨てら
               れた彼女の靴を揃えた。
                「良かったじゃないか、同じ歳の子がいなくて寂しそうだったからな。せ
                めて友達が出来れば。」
                「・・それもそうだが・・。」
                2人は残っていた調書の整理を始めた。

                それからというもの、華音は仔犬にすっかり夢中になり、いつも遊んでい
               た。仔犬の方も彼女に慣れたのか、彼女の周りをうろついたり飛びかかって
               舐めたりと甘えていた。
                「華音、ちゃんと後片付けしなさい。パパがいつも言ってるだろ。」
                奥まった上がりの床には絵本だの人形だのが転がっていた。仔犬を相手に
               遊んでいたもののようだが、彼女は全く仕舞う気配はない。いつもだったら
               きちんと戻すのに。なので、城嗣はこう言ったのだ。
                「後でやるー。」
                「今すぐやらないと、お化けが出て来るぞ。」
                外国では、子供に片付けをやらないとお化けが来てさらっていくぞ、と親
               から言われる事がある。城嗣もよく小さい頃に親に言われて来た。
                「うん・・。」
                華音は片付けを始めたが、仔犬に気を取られているようで何だか気持ちが
               入っていない。
                そんな彼女を見た純子はこんな事を言った。
                「あらあら、もう親離れしちゃったのかしら?パパ、寂しいわね〜。」
                「ふんっ。別に。」
                純子は城嗣が背中を向けたのでくすっと笑った。
                「素直じゃないんだから。」
                健一も笑った。






                                next