城嗣は時計を見上げた。
                 「もう10時か・・。」
                 いつの間にやら遅い時間になってしまった。今日は色々な事件が同時に
                起きて忙しい1日だった。
                 背後で子供の笑い声が聞こえたので城嗣は振り返った。そしてやおら立
                ち上がり、仔犬と遊んでいる華音のところへ近づいた。
                 「華音、もう寝る時間だよ。」
                 華音はぎゅうと仔犬を抱きしめて城嗣を見上げた。
                 「いやだー、もうちょっとだけ起きてるー。」
                 城嗣はしゃがんだ。
                 「こいつも早く寝たいんじゃねえか?」
                 「じゃー、この子が寝るまで起きてる。」
                 彼はため息をついた。
                 「・・やれやれ。」
                 城嗣は立ち上がってまた椅子に腰掛けて書類に目を通し始めた。
                 やがて静かになったので彼は様子を見に立ち上がった。
                 そして、床の上で眠る仔犬の横で同じ格好で丸くなって寝ている華音を
                見た。
                 「華音、風邪引くぞ。」
                 彼は仔犬を抱え、もう一方の腕で華音を抱き上げた。
                 「・・・・パパ・・・」
                 寝言を言い、ぎゅっと自分の腕にしがみつく華音を見下ろし、城嗣は微
                かに微笑んだ。
                 彼は奥の寝室へ行き、華音をベッドに寝かせて毛布を掛けた。
                 そして部屋の電気を消し、静かに戸を閉めてまた元の場所に戻った。

                 それからもしばらく仔犬と過ごす日々が過ぎた。
                 そしてそんなある日、また署から電話が入った。それは手配が済んだの
                で仔犬を引き取りに行くという内容だった。
                 健一と城嗣はそれこそ早く取りに来ないかと思っていたのだが、何だか
                複雑な気持ちになった。
                 仔犬は悪戯ばかりして困らせていたが、彼らにも慣れて毎日一緒にいる
                うちに情が移ってしまったかのようだった。
                 でもそれは彼女の方がもっと大きかった。


                 とうとうその日がやって来てしまった。
                 署から車がやって来て、職員が降りて来た。そして健一たちと2、3会
                話し、その奥に目を遣った。
                 そこには、仔犬をぎゅっと抱きかかえ、今にも泣きそうな表情でじっと
                立っている華音の姿があった。
                 城嗣は彼女のところへ歩いた。そしてしゃがんだ。
                 「華音。」
                 華音は睨むように彼を見た。
                 「いやだー、ずっと側にいたい!」
                 「華音、この仔犬は学校に入るために帰るんだよ。」
                 「・・・・がっ・・こう?」
                 「そうだよ。そこにはたくさん友達がいて、一緒に立派な警察犬になる
                ためにお勉強するんだ。」
                 「・・・かのんだってお友達だよ。」
                 「会いたかったらいつでも会えるから。」
                 「・・・ホント・・?」
                 城嗣はうなずいた。そして仔犬を華音から受け取り、署員に渡した。
                 「・・・パパ・・・」
                 とうとう華音は泣き出してしまい、城嗣は彼女を抱き上げた。
                 華音は泣きじゃくり、彼にしがみついて顔を埋めた。
                 「華音、こっちを見てるよ。」
                 仔犬はくーんと小さく鳴き、シッポを振っていた。華音はそっと仔犬を
                見つめた。
                 やがて署員は健一と城嗣に敬礼をして車に乗り込んだ。
                 「華音、いつまでも泣いていると会いに来てくれないぞ。」
                 「・・・・いつ会える?」
                 「華音が大きくなったらね。」
                 「・・・大きくなったら?」
                 「ああ。その頃は仔犬も大きくなっているけどね。」
                 「・・・かのんのこと、忘れない?」
                 「忘れないよ、大丈夫。」
                 やがて車は発車した。
                 彼らは交番の前でそれの姿が見えなくなるまで見つめた。
                 そして城嗣は華音に何か小声で言うと、彼女を抱いたまま中へ戻った。





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