〜エピソード11 お上の思惑〜
警察署のロビーにやってきた健一と城嗣は同僚と会うと軽く挨拶したが、
その表情を崩す事はなかった。そして彼らはエレベータに乗ると、しばらく
無言だったが、やがて健一は口を開いた。
「きっとあの話だな。」
「そうだろ。」
エレベータがとある階に着くと、2人は降りて長ったらしい廊下を歩い
た。
そして奥の部屋の前に到着すると立ち止まった。
健一はノックした。
『入れ。』
中から声がした。
「失礼します。」
2人は部屋の中央奥に黒塗りの椅子に座っている人物を見た。
「課長、お呼びですか。」
課長と呼ばれた男はいかにも威厳がありそうにあごを上げた。
「元気そうで何よりだな、鷲尾巡査部長に浅倉警部補。」
2人はやれやれと目を合わせた。こんな言い方をするのはやはり意味深な
事があるからだ。
「色々と君たちの事は耳に入っている。この前は・・そうそう、煙の中か
ら動けなくなった老人を助けたそうだね。まあ小火で済んだが。それか
ら、酔っぱらいの大狸を介抱して、またある日は2対10の大げんかに仲
裁に入って全員ボコボコにしたとか。みな、君たちがうろちょろしていた
おかげだ。」
「・・・・・。」
「君たちはやはり交番で大人しくしているのは理にかなわない、と実は
思っているのではないか?どうだ?」
課長は2人が何も言わないのをいい事に更に続けた。
「署に来る気はないかね?君たちなら色々やらかしてくれそうだ。そこな
ら思いっきり首を突っ込めるぞ。ーまああまりハデにやってもらっても困
るが。」
すると健一は言った。
「前に言った通りですよ、課長。俺たちはー」
「君たちは”交通機動隊”のメンバーだ。そして数ある後輩の育成にこれか
らは尽くして欲しい。」
「俺たちが交番勤めに拘るのは、前にも言いましたが、町の人たちとの交
流がしたいからです。あんな建物の中にいたんじゃ、何も吸収できない
じゃないですか。人との交流の中で色々知る事ができるんです。悩みのあ
る人とか困っている人を救ってあげられるのは、そういった地域にいるか
らこそです。」
「第一、俺たちをあんな所に”閉じ込めて”おくのはかえって好都合って思
ってるんじゃないですか?分かってますよ、俺たちの昇格があまりに不自
然なのは、俺たちを責任ある職務にさせれば大人しくなるだろうと考えて
いる事がね。」
課長は城嗣に視線をやったが、全く動じずそのまま言わせた。
「俺は巡査長で良かったのに。」
「俺は・・巡査のままで良かったよ。」
城嗣は健一を見た。
「おめえは全く欲がねえな。」
健一は笑った。
課長はふふんと鼻で笑った。
「署内では昇進に命をかける奴らばかりだってのに、君たちは面白い
な。」
「ふんっ、そのためにウソの調書を書くなんてまっぴらゴメンだぜ。」
「課長、失礼していいですか。パトロールに行く時間なので。」
「・・・好きにしろ。」
2人は恭しくお辞儀をして部屋を出た。
課長はじっとドアを見つめて腕組みをした。