『  星に願いを 』





                  ISOのとある場所に書斎があった。
                  そこはいつも南部博士が調べ物をしたりくつろいだりするところであったが、
                  最近はお客さんが陣取るようになっていた。
                  そしてその2人の小さなお客はソファに座ってテレビを見ていた。彼らは各自
                  の部屋が与えられていたのだがやはり人恋しいのだろう。
                  入って来た博士は、ちらと健とジョーの後ろ姿を見たが、あまりにも熱心なの
                  で尋ねる事にした。
                  「何をそう熱心に見ているんだね?ーああ、『七夕』か」
                  2人はほぼ同時に振り向いた。
                  「でも博士」と健は言った。「七夕ってもう終わったよ?今は8月だ」
                  「そうだね。でもここでは旧暦の七夕を祝っているんだよ」
                  「・・・きゅう・・れき?」
                  健は首を傾げた。博士はうなづいた。
                  「ああ・・そうだね・・。君たちにはまだ難しいか。旧暦というのは、『太陰
                  暦』と言って、昔は世界中が統一されていなくてバラバラだった。そこで、共
                  通として『太陽暦』と呼ばれる『グレゴリオ暦』に変わったとされている」
                  博士は2人の表情から、やはり難しいかと思った。
                  しかし健は分かったような顔をした。
                  「ふーん」
                  博士はジョーを見た。もの言わずぼうっとしている。きっと彼の頭の中はクエ
                  スチョン・マークが飛び交っているのだろう。
                  博士は思わず苦笑いをした。
                  「大丈夫かね、ジョー」
                  するとジョーはこう聞き出した。
                  「あのさ・・『七夕』って何?」
                  博士と健は顔を見合わせた。
                  「確かに知らなくて当然だ。七夕はアジア特有の風習だからね。本来七夕は中
                  国の行事だったが、奈良時代に日本へ伝わったとされている。
                  話はこうだ。天の神様の娘である織姫は、神々の着物を織る仕事をしていた。
                  そして娘が年頃になったので、天の神は牛飼いをしていた彦星という若く立派
                  な青年を紹介した。2人はたちまち恋に落ち、結婚したが、すっかり遊び呆け
                  てしまいお互い機織りと牛追いの仕事をしなくなってしまった。
                  神々から苦情が殺到し、天の神は怒って2人を天の川の東と西それぞれに離し
                  てしまった。織姫が酷く悲しむ様子を哀れんだ天の神様は、年に一度、7月7
                  日に彦星と会ってもよい、と告げたのだ。
                  そんなわけで、2人は会えるのを楽しみにし、真面目に働き7月7日に織姫が
                  天の川を渡って彦星の元へ行けるようになった、という事だ」
                  するとジョーは言った。
                  「ふんっ、自業自得じゃないか。天罰だよ」
                  博士と健は思わず見合わせて苦笑いをした。
                  「確かにそうだ」
                  と健。
                  博士はやれやれとため息をついた。
                  「どうかね。君たちも願い事をしてみたら。まだ笹と短冊があったはずだ」
                  「うん」
                  「笹の枝に、短冊に願い事を書いて吊るすと、叶うんだよ」
                  「・・・そう」

                  博士は彼らが何を書くのかだいたい予想がついていたが、敢えて楽しみにして
                  いる風に待っていた。
                  2人とも書けたようだ。
                  「何書いたのかね?」
                  「僕は早くパイロットになって、パパみたいになりたいって」
                  「そうか」
                  「ジョーは?」
                  「・・パパとママに早く会いたい」
                  「ジョー、それってー」
                  博士はそっと健の肩に手を置いて首を振った。

                  ISOの玄関近くに季節外れの笹飾りが建てられた。時々職員が眺めて立ち去って
                  行く。きっと通る人が付けて行くのだろう、星や流しなどの飾り付けもついて
                  いた。
                  博士はちらと見て足を止めた。あのとき健たちが書いていた短冊の他にも吊る
                  されていたからだ。研究員が書いたのか?
                  博士はそれを手にした。
                  『争いやもめ事がなくなり、世界に平和が来ますように。 鷲尾健』
                  『この世から悪人がいなくなり、誰も殺される事がなくなりますように。
                                       ジョージ・アサクラ』

                  この子達はいつもこんな事を考えているのか。
                  親に会いたい、というのも事実だろう。だがそれ以上に世界の平和を願ってい
                  るのだ。人と人が互いに殺し合う世の中が早くなくなって欲しい。
                  博士は目を閉じ、そしてその場を後にした。



                                  ー 完 ー








                                       fiction