『 星
降る聖夜 』
その夜はとても冷たい空気に包まれていた。
時折風が吹き、道行く人々もコートの襟を立てて足早に歩いて行く。
町外れにそびえ立つ、ISO(国際科学技術庁)の建物の窓は所々灯りが点いていて、
中では何人かの科学者や職員たちが働いていた。
南部博士は顔を上げ、壁に掛けてある時計を見ると、ふうと息を吐いた。
そして眼鏡を外すと、目尻を抑え、じっと目を閉じた。
「博士、これで終わりです」
「ああ、ご苦労」
博士は眼鏡を掛け、そう言って来た若い技術者の方を向いた。
「今年は何事もなく終わりそうですね。博士も早くお帰りになられるでしょう?」
「そうだな、子供達が待ってるからね」
「いいですねえ、博士は。私は帰っても1人ですよ」
「そうか。早くいい人を見つけて暖かい家庭を築けるようにしなければな」
「出来たらいいですねえ」
技術者は笑った。
「これで今年の仕事は終わりだ。ゆっくり帰って休みたまえ」
「はい。博士もどうぞ良いお年を」
「うん、君も良い年を」
技術者はお辞儀をして部屋から出て行った。
「・・さてと、帰るか。何か手みやげでも買って行くとするか。」
博士は家政婦に頼んでプレゼントを買っておいたのだが、何しろ相手は子供だ。
手ぶらで帰ったら何を言われるか分からない。2人もやんちゃ坊主がいると何かと
気遣いが大変だ。
と、その時だ。建物中にサイレンが鳴り響いた。
「何事だ」
博士はドアを開け、走り行く技術者の1人を捕まえた。
「どうしたんだ」
「あ、博士。地下の機械室で異常音がしたそうです」
「何?・・・もしやギャラクターが・・」
博士の別荘の居間は、ツリーから始まってクリスマスの飾りがすっかり出来上がっ
ていた。
健とジョーの2人が少し家政婦の手を借りてほとんど全部仕上げたのだ。まあこの
2人の事だからすんなり行かない事もままあったが、でも何とか形にはなった。
ソファに座っていた2人の元に、いい匂いが漂って来た。多分七面鳥か何かをオー
ブンで焼いているのだろう。
そんなわけですっかりクリスマス気分になった2人だったが、だんだんソワソワし
てきた。
「・・・遅いなあ・・博士どうしたのかな」
健がそう呟くと、ジョーはじっと時計を見つめた。
と、電話の鳴る音が聞こえた。
2人は、しばらくして一緒になって受話器を置いてやってくる家政婦を見つめた。
「博士から電話があって、緊急事態が起きたので、遅くなるそうよ」
「緊急事態?」
「・・・・」
「お料理が覚めてしまうから、博士が帰って来られたら作りましょう」
「・・・仕方ないね」
健はそう言ったが、ジョーは険しい表情になってこう言った。
「・・・結局そうなんだ。大人って平気で嘘をつくんだ」
「・・えっ?」
「・・・パパたちもそうだった。早く帰るって言ったくせに、次の朝になった。」
「・・・・」
健と家政婦は何も言えずに彼を見つめた。
「・・博士だって、きっとー」
ジョーは立ち上がり、部屋を出て行った。
「あっ、ジョー!待って!」
健は立ち上がって追いかけようとしたが、ジョーはもう家を出て行ってしまった。
「・・・あいつ・・足が速いな・・」
「私、見て来ますから、健くんはここで待ってて」
「うん」
健は身支度して出て行く家政婦の後ろ姿を見つめた。
機械室は天井のスプリンクラーが作動したため、床が水浸しになってしまった。
が、肝心の機会は台のような高台に置いてあったので、大きな損害には至らなそう
だ。
博士はやってきた技術者を見た。
「理由は分かったかね?」
「ええ、煙を感知したようです。誰かがタバコを吹かしたようで・・」
「そうか。その者には厳重に注意しなければならんな。・・あ・・弱ったな。
私は帰るよ。待たせてるんでね」
「はい。お手数をお掛けしました」
博士は部屋を出て自室へと急いだ。
じっと座っていた健は、誰かが戻ってくる音に気づいて、玄関へ小走りに向かっ
た。
そこにはコートとマフラーを脱いで手にした家政婦の姿があったが、ジョーはいな
かった。
「・・どこへ行ってしまったのでしょう・・。博士に何て・・」
「・・・・あいつ・・」
居間に戻ろうとした2人だったが、ドアが開いた。
健は振り向いて、博士の姿を見ると、駆け寄った。
「博士!」
「ああ・・健、待たせて済まなかったね。悪かった。」
しかし健は嬉しそうな顔をすぐに曇らせた。
「博士、大変だよ。ジョーが・・ジョーがどこか行ってしまったんだ」
「何、ジョーが?どうしてまた」
すると家政婦がやってきた。
「それが・・博士の帰りが遅くなるとお話ししたら・・」
「ジョーは大人は嘘つきだ、って言って。お父さんたちが早く帰るって言ってたの
に遅くなったんだって。」
博士はため息をついた。
「・・それで怒ってしまったのか」
家政婦は深々と頭を垂れた。
「申し訳ありません、わたくしがついていながら・・」
「まあ済んでしまった事だ。よし、探しに行って来よう。こうなったのも私の責任
だからな」
「僕も行く」
博士はうなずいて、健にもコートを着せると、2人は出て行った。
空はすっかり暗くなってあちこちの家々から灯りが漏れ始めた。
時々すれ違う人たちは家路に急ぐのだろう、みな足早だ。しかも何やら包みを抱え
ている人もいる。
ジョーはそれらをちらと見ながら歩いていた。
そして親子だろう、親に手を引かれて笑っている子供の姿もあった。
ジョーはそれを寂しそうに見ていたが、どこからか鐘の音が聞こえて、目を見開い
た。
そしてしばらく進んで、足を止めた。そこには大きな屋根をした教会が建っていた
のだ。てっぺんの十字架がライトアップされて光っている。
彼は知らず知らずのうちに教会へ向かって歩いた。
博士と健は辺りを見渡しながら町中を急いだ。今日はクリスマスとあって、人が多
い。彼のような子供はすぐに迷ってしまうだろう。
「ジョーはどんなところに行きそうか分かるかい、健」
「・・・ううん・・でもここはジョーの住んでた場所とは違うんでしょ?」
「そうだな・・。」
「それに、あいつが何が好きなのかなんてわかんないよ。あまり言わないし。・・
あ、車が好きだよね」
「車・・」
「車なんていつも見てるか」
2人は少し外れたところに来た。すると、鐘の音が聞こえて来た。近くの教会から
だ。
「ああ、そうか・・・今日はー」
博士はあ、という顔をした。
「そうか、教会だ」
「教会?」
「ジョーはよくお父さんとお母さんと一緒に教会へ行ったという話をしてくれんた
んだよ」
2人は中へ入ったが、ちょうど礼拝が終わったところらしく、人々が入れ替わりの
ように出て行く。
たくさんの椅子が並んでいるところにはまだ数人残っていた。
祭壇の前に飾られたろうそくはもう火が消されていて少々煙い。
そんな2人のところへシスターが近づいて来た。
「ようこそ。もうお話は終わりましたが、どうぞお祈りください」
「ああ、すみません。実は人を捜していまして・・・ちょうどこの子(と健を示
す)と同じくらいの子供なんですが・・1人で来てしまいまして」
するとシスターは軽くうなずいた。
「こちらです」
2人はシスターについて前の方へ進んだ。すると、椅子にもたれかかるように眠っ
ている子供の姿が見えた。
近づいてみると、やはりジョーだった。
シスターはジョーに声を掛けた。
「坊や、お父様が迎えに来ましたよ」
「ああ、寝かせてやってください。このまま連れて帰りますから」
「分かりました」
・・・お父様か・・
博士はふっと笑った。
(そうかもしれないな)
「この子を見つけたとき、本当に天使が眠っているのかと思いましたわ」
シスターはそう言った。確かに教会天井近くの窓から月明かりが差し込み、ジョー
の髪が黄金のように光り輝いて見える。まるで背中に羽も生えているようにも見え
た。
博士はジョーの横に腰掛けると、ジョーの身体を起こし、健に手伝ってもらって背
負った。
ジョーの履いていた靴は健が持つ事にした。
「それでは失礼いたします。よいクリスマスを」
「ええ、あなた方にもマリア様のご加護を」
博士はおじぎをした。それを見た健もマネをしておじぎをし、ついて行った。
「あれえ、博士、雪だ」
「ああ、本当だね・・さっきはそんな雰囲気はなかったのだが・・」
2人は空を見上げてどんどん降ってくる雪を見つめた。
「さあ、早く帰ろう。風邪引くといけないからね」
「うん」
彼らは家に急いだが、その頃には雪はやんで、そのかわり空には星が瞬き始めた。
彼らの帰りを待っていた家政婦は優しく迎え入れ、再びいい匂いが部屋に立ち込め
た。
ジョーが目覚めたらきっと驚くかな。まずは彼の怒りを鎮めなければな、と悩まし
いが楽しみが出来た、と博士は1人ほくそ笑んだ。
そして決して寂しい思いをさせてはいけない、と心にそっと誓った。
ー 完 ー