『 女心、 男知らず? 』



               スナックジュンの片隅にあるテーブルには3、4人の女性たちがいた。
               そして彼女たちはこんな会話を始めた。
               「あら〜、今日は来ないのかしら・・・。」
               「忙しいんじゃない?彼は名高きレーサーよ。きっとたくさんのファンの
               相手をしているんだわ。」
               「あーん、そんなのほっといて、こっちに来ればいいのに〜。」
               「だけど本当、彼ってステキよね・・・。スラッとして、痩せてるけど胸板
               は厚いし、一度でいいから抱かれてみたいわ〜」
               「目元も男らしくて見つめられたらぼうっとしちゃうわ・・・。おまけにあ
               のいい声で囁かれたら死んじゃう〜」
               「もう一人もかっこいいじゃない?可愛いし、なんか母性本能くすぐっちゃ
               う。」
               「彼もすてきだけど、やっぱ細い方がいいなあ。彼だって、母性本能くすぐ
               るわよ。」
               女性たちがきゃあきゃあ言っているのを聞いていた甚平は、思わずこんな事
               を言った。
               「ったく、いないのをいい事に言いたい放題言ってら。本人たちがいたら
               どーすんだ?」
               すると傍にいたジュンは時計を見上げた。
               「だけど、本当、来ないわねえ、あの人たち。今日、何の日が分かってるで
               しょうに。」
               「いつももみくちゃにされるから嫌なんじゃない?ジョーの兄貴はレース仲
               間と食事する、って言ってたし、竜は寝てるって。でも、兄貴は来るんじゃ
               ないかなあ。」
               「もうっ、どうすんのよ。あの人たち、帰ろうともしないわよ?甚平、説明
               しておいで。」
               「えっ、なんでオイラが?」
               「いいから、早く!」
               「・・・ちぇっ、こんなのいつもオイラばっかり。」
               甚平はしぶしぶカウンターから離れて女性たちのところへ向かった。
               「あの、もしもし、お嬢さん方ー」
               「あらやだ、子供に用はないわよ。」
               「悪いけど、お子様には興味ないの。大きくなってから来て頂戴。」
               「何をっ、オイラーじゃない、僕はここの従業員です。いくら待っても、お
               目当ての2人は来ませんから、どうぞお引き取りください。」
               「あら、そうなの。」
               「そうです。」
               「残念ー」
               「わかったわ。あ、そうそう、これ、彼に渡してね。」
               「お願いね。」
               「ごちそう様。」
               女性たちはテーブルに代金を置いてまたおしゃべりをしながら出て行った。
               テーブルを見ると、お金のほかにきれいなリボンで包装されたプレゼントが
               山のように置かれていた。
               「・・やれやれ。兄貴たちも大変だなあ。」
               お金をポケットに入れ、プレゼントを抱えた甚平は歩きながら考えた。
               (だけど・・・どうしたんだろ、兄貴。なんで来ないんだよ。せっかくお膳
               立てしてやってんのに。)
 
               彼らが来ないのにはこんな理由があった。
               ある日のスナックジュンでは、ひそひそ話をしている甚平、ジョー、竜の3
               人の姿があった。
               バレンタイン当日は自分たちが来ないで、健とジュンの2人きりにしてやろ
               うと相談していたのだ。そして当日は、それぞれ各自用事があるという事に
               した。
 
               そんなわけでジョーは来なかったのだが、健は実は寝ていたのである。
               彼は起きるとジュンとの約束を思い出したのだがひどく疲れていたせいで眠
               く、明日謝ればいいや、と思い直し、再び眠ってしまった。
 
               翌日、健はスナックジュンにやってきたが、特に悪そびれた様子もなく、い
               つものように挨拶をして腰掛けたが、視線を感じて横を向いた。
               「なんだ、ジョー、竜。俺の顔に何かついてるか?」
               「別に。」
               「いんや、なんでもねえよ。」
               「おかしなやつらだな。」
               健は甚平の淹れてくれたコーヒーを口にしたが、思わず噴き出した。
               「うわっ、甚平、何入れたんだ!」
               健はむせて水を慌ててがぶ飲みした。
               「タバスコだよ。」
               ジョー、竜、そしてジュンは笑い出した。
               「兄貴、もう約束忘れちゃだめだよ。」
               「・・・・わかったよ・・・」
               「やれやれ、こんなことなら来ればよかったぜ。うるせえのは嫌だけど
               よ。」
               「オラだって、おこぼれもらえたかもしんねえのに惜しい事したわ。」
               「それじゃ、せめてもの罪滅ぼしに2人にこれあげるわ。」
               ジュンは昨日女性たちが置いて行ったプレゼントの山を彼らの前に置いた。
               「これ分けて。」
               「おい、ジュン。俺の分は?」
               「健はなし!」
               「・・そんなあ・・」
               一同はどっと笑い出した。
               甚平はしょうがねえな、という顔して改めてコーヒーを健の前に出した。
               「まあまあ、兄貴。これでも飲んで反省するんだね。」
               「わかった、わかった。もうこりごりだ。」
 
               やがて一人、また一人とお客が入ってきて、いつものにぎやかな店内に戻っ
               た。




               

                             fiction