『 短冊 』




            
                甚平は最後の何かを置くと、言った。
                「ねえ、お姉ちゃん、見てよ。こんなのどう?」
                ジュンは彼からそう遠くない場所で戸棚の中の食器を整理していた。
                「え?何よ」
                彼女は甚平の見せた器を覗き込んで特に表情を変えることなくこう言った。
                「そうめん?ありきたりじゃないの」
                すると甚平は人差し指を立ててよく外国人がやるように彼女の前で振った。
                「チッチ・・これ、”七夕”メニューさ。そうめんは天の川に見立てるんだぜ」
                「へー」
                「で、オクラ」
                「オクラ?七夕とどういう関係があんのよ」
                「切り口が星型をしている」
                「そうなの?知らなかったわ」
                「だろうね」
                「・・え?」
                「とにかくこうして天の川のそうめんの周りに置けば・・どうだい?お姉ちゃん」
                「なるほど!すごいわ、甚平!」
                甚平は物珍しそうに見ているジュンを見てやれやれとため息をついた。
                (お姉ちゃんも少しはやってみればいいのに)
                「ねえ、甚平、味見していい?」
                「いいよ」
                と、そんな時入り口が開いて健たちが入ってきた。
                なのでジュンは思わずこんなことを呟いた。
                「いいタイミングで来るわねえ」
                「兄貴の鼻には特別なセンサーが付いてんじゃないの?」
                すると健。
                「え?何だ?」
                「ううん、なんでもないよ」
                「健、甚平が特別メニューを作ったのよ」
                「へえ」
                「なんだ、そうめんだわ。これじゃ腹の足しにもならんぞい」
                「何言ってんだい、竜。これはね、天の川なんだよ」
                「ああ・・そういえば七夕だなあ」
                「アジア特有の風習だろ」
                とジョー。
                「ああ。七夕といえば・・・確か、仕事をサボって・・金がなくて食いっぱぐれ
                るって話だったか?」
                「兄貴じゃあるまいし!」
                するとジョーが言った。
                「あれだろ、仕事をサボって、怒られて罰として恋人に会えなくなっった、とい
                うー」
                「ふーん」竜は水を飲んだ。「そんじゃ仕方ないわ。甚平、水くれ」
                「もうっ」
                「自業自得とはいえ、なんだか可哀想ねえ」
                「かわいそうなもんか、仕事サボるからだ」
                「甚平は厳しいのお」
                「あたぼうよ、こちとら仕事して稼がないと払えない客がいるから大変なんだ
                よっ」
                健は思わず飲んでた水を吹き出し、ジョーは苦笑いをした。
                「ねえ、バイトの金どこへ行っちゃうのさ、本当にもらってんの?」
                「もらってるよ・・でもいつの間にか羽が生えちまうんだ」
                「維持費とかバカになんねえからな」
                「そうそう、わかってくれるねえ」
                「兄貴たちは変なことで気があうんだから」
                「似た者同士ですもんね」
                健たちが彼女を、え?という顔をしてみると、ジュンは済まして奥へと姿を消し
                た。
                彼女が次に姿を見せた時には何やら手にして戻ってきた。
                「ねえ、みんなで書いてみない?」
                ジュンはテーブルに糸のついた短冊を並べた。
                「願い事かあ・・」
                甚平は手に取るとこう言った。
                「ねえ、これはどうだい?”お姉ちゃんが料理できますように”」
                「ま、そんなのお店に飾れないわ!」
                「そうかの?おらは・・・もっとジュンが優しくしてくれますように・・」
                「どうして私ばっかなのよっ、しかも私がまるで意地悪みたいじゃない」
                「それじゃあ、これはどうだ。”この店がもっと繁盛しますように”」
                すると甚平。
                「うーん・・微妙・・っていうかさ、もっと夢はないの?」
                「ギャラクターの滅亡が本望だけど、夢とはちと違うな」
                「世界平和、じゃありきたりだしな」
                そういえば、と彼らはふと気づいた。若者らしい夢らしい夢というのが自分たちは
                考えてこなかった。ギャラクターを倒す、このことだけが彼らの生きる力になって
                いた。
                スナックJに来る若者たちはきっとそれぞれ明るい未来を思い描いているのだろう。
                そんな彼らが羨ましいと思うと同時にそれが自分たちの願いでもあると考えた。


                七夕当日、スナックJの店内に笹が飾られ、近くに箱が置かれて中にまっさらの短冊
                が入っていた。筆が何本が置いてあって、自由に願い事を書いてください、とあっ
                た。
                そして笹には1本の短冊が吊されていた。そこにはこう書いてあった。

                『みんなの願いが叶いますように!ー店主一同より』


                店には続々と若者たちがドアを開けた。




                             ー 完 ー






                              fiction