『 わからずやの あいつ 』







                  森深い中を辺りを見渡しながらジュンが歩いていた。
                  「ああ、あったわ。」
                  ジュンはそう言うと、少し駆け足で進んだ。そこには
                  ジョーのいるトレーラーハウスがある。

                  ジョーはコンコンという音に気づいて読んでいた本を置いて
                  立ち上がった。
                  こんな奥まった場所に来るのはごく限られている。
                  また頼み事か、と思い、ドアを開けたジョーは目の前にいた
                  ジュンを見てちょっと驚いた。
                  「ジュン。」
                  「こんにちは、ジョー。」
                  「珍しいな、お前が来るなんて。」
                  「あのね・・頼みたい事があって・・」
                  ジョーは肩をすくめた。
                  「ここに来る奴は大抵そうだからな。」
                  ジョーはジュンを中に入れてドアを閉めた。
                  しかしジュンがいつまでもドア近くで立ち止まってるので
                  ジョーは彼女を見てこう言った。
                  「開けたままの方が良かったか?」
                  多分、男のいる場所に一人でやってきてさらにドアを閉められたので
                  緊張しているのかと彼が思っていると、ジュンがこう切り出した。
                  「ジョー、私に料理を教えてちょうだい。」
                  「・・え?」
                  「健に作ってやるのよ。」
                  「そうか・・」
                  ジョーははあと息を吐いた。
                  「やっとその気になったか。ジュンが作ったのならきっと喜ぶぜ。」
                  「違うわ!」
                  ジュンが急に叫んだのでジョーはびくっとした。
                  「見返してやるのよ。健ったら、ジュンは料理が出来ない、せいぜい
                  目玉焼きくらいしか出来ないって笑うのよ!」
                  そりゃ怒るだろ・・・。
                  ジョーは頭を振った。
                  「で、何がいい?パスタじゃありきたりだな・・ああ、そうだ。」
                  「え?」
                  「イカがあった。それを焼こう。」
                  「えー、焼くだけ?それじゃー」
                  「オーブンで焼くだけだが、旨いぞ。よくお袋が作ってくれた。」
                  「そう。お母様が作ってくれる料理だったらきっと間違いないわね。」
                  「じゃあ始めるか。」
                  ジョーはそう言うと、イカを取り出した。
                  足を離して内蔵を取り出して水で軽く洗い、水気を切ったら
                  食べやすい大きさに切る。
                  それに塩、黒こしょう、オリーブオイルをまぶした。
                  ジュンにはボールにパン粉やにんにくなどの材料を入れてよく混ぜるよう
                  頼むと、それをイカにまぶした。
                  それをオーブン皿に並べ、オリーブオイルを掛ける。
                  そして180度で8分、焦げ目が付くまで焼くのだ。

                  ジュンは出来上がったのを見て目を丸くした。
                  「わあ、美味しそう。」
                  「これなら出来るだろ。衣を作るのに材料揃える必要があるけど。」
                  「そうね。」
                  ジョーはイタリアンパセリとパルミジャーノをジュンに持たせた。
                  「頑張るわ。」
                  「ああ。これで何とも言わなかったらあいつとは絶交だ。」
                  ジュンはあら、という風に眉を上げた。


                  健がいつものように水を飲んでいると、いい香りがしてきた。
                  ん?甚平の奴、何か凝ったのでも作っているのか?
                  あいつ、いつも勉強熱心で感心だな。
                  それに比べてー。
                  「はい、健。今日は奢りよ。」
                  「え?」
                  健は差し出された皿を見た。香草とパン粉がこんがり焼かれて
                  とても美味しそうだ。
                  「へえ、甚平の奴、また腕を上げたな。これは何だろう?」
                  「もうっ、わかんない?甚平は外に出ていて私一人しかいないのよ。」
                  「え?・・・という事はこれ、ジュンが?」
                  「そうよ。」
                  「へえ、食べられるのか・・?」
                  ジュンはピクッとして顔を近づけた。
                  「健?何か言った?」
                  「な、何でもないよ・・」
                  健はそそくさと食べ始め、すっかり平らげた。
                  ジュンは、というと、ちょっとドキドキしながら健の感想を待っている。
                  「ごちそうさん、久しぶりに腹一杯になった。じゃあな。」
                  「ああ、ちょ、ちょっと、健ー!」
                  ジュンは健が出て行ったガラス戸を恨めしそうに睨んだ。
                  ので、その後入って来た甚平が驚いて抱えていた紙袋を落としそうになった。
                  「・・・少し遅くなったかな・・」


                  トレーラーハウスのドアを叩く音がしたのでジョーは出て行った。
                  「・・・健、何だ。」
                  「ああ、ジョー。旨かったぞ、あの料理。」
                  「・・・は?」
                  「しばらくひもじい思いしてたから助かったぜ。さすが俺の気持ちを解って
                   くれるんだな。ありがとう。これからも頼むよ。」
                  「おめえっ」ジョーは健を睨んだ。「礼を言うのは俺じゃねえだろ!」
                  「ジョー、何怒ってんだ?うわっ」
                  健は突然ジョーが腕を掴んだので驚いた。
                  「話し合おうぜ。」
                  「・・・あ、ああ・・・」
                  ジョーは健を強引に中へ入れると、バン!とドアを閉めた。

                  店ではぐとぐとと愚痴をこぼすジュンに付き合わされた甚平がヘトヘトに
                  なっていた。
                  「くそう、兄貴め。覚えてろよー。」


                  やがて帳が降りたが、長い夜になりそうである。








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