『 君に届け、この想い 』




               クロスカラコルム。今もあの時の石像が立ち並んでいた。
               ただ、違うのは、光り輝く陽を浴びて辺り一面が緑に萌えていた事だ。
               そう、あのときの霧深い、薄暗い不気味な感じは一切感じられなかった。
               平和になったのだ。そうここにやって来た者たちはそう思うだろう。

               そして彼らもそう思った。
               ジョーと別れた場所を目指して、ジュンと甚平が花束を手にやってきた。
               ここはすっかり変わってしまったが、彼と最後に会った場所が分かるよ
               うに彼らは目印を立てておいたのだ。
               しかしその場所へ行きかけた2人は、慌てて石像の裏に隠れた。
               誰かががやってきたのだ。
               「竜だぜ、お姉ちゃん。」
               「しっ。」
               ジュンと甚平はそっと伺った。

               「・・・ジョー、オラのところに来るじゃろ?あん時の約束、忘れねえ
               よな。あめえをぶん殴らなきゃずっと許さねえからな。きっとだぞ、
               戻って来るまでオラ、待ってっからな。
               ったく、最後の最後までかっこつけやがってよ・・。」
               竜は鼻をすすり、立ち上がって同じようにゆっくりと立ち去った。
               ジュンと甚平は足を踏み出して、また隠れた。
               今度は健がやってきた。
               「・・・お姉ちゃん・・どうしてオイラたち隠れなきゃなんないのさ。」
               「だって・・・やっぱり一人で来たいじゃない・・。」
               「え?オイラ、いるけど?」
               「あんたはいいのよ。別に恥ずかしくないもん・・・。」
               「恥ずかしい?・・・あーっ、お姉ちゃん、もしかしてジョーに告白する
               つもりなのか?ーいよいよ、兄貴も振られちまったか〜。」
               「もうっ、バカっ。違うわ、そんなんじゃないわよ!」


               「・・・・」
               健はしゃがんだ視線の先をじっと見つめていた。そこには彼らが建てた墓
               標があり、ジョーの名前が書いてあった。
               「少しは楽になったのか?・・・俺は・・・・お前の異変に気付いてい
               た。・・なのに・・・。」
               健は拳を握りつぶした。
               「・・・俺は・・お前の事を考えてやれなかった。・・任務は大事だが、
               もっと大事な事を忘れていた。・・・・許してくれ。・・・俺は、リー
               ダーとして、お前の友人として失格だ。」
               でも・・健は多分ジョーはそれでも戦いの前線に立ちたいと、自らの命に
               替えても飛び出して行っただろう、と思った。
               彼はそんな男だ。
               しばらくそこにいた健だったが、やがて立ち上がり、同じようにゆっくり
               とした足取りで立ち去った。
               ジュンと甚平はじっと健の後ろ姿を見つめていたが、石像から出た。
               が、今度は南部博士が来るのが見えたので、また隠れた。
               恐らく健たちから場所を聞いて来たのだろう。
               博士はその場所に来ると、ゆっくりとしゃがみ、じっと墓標を見つめた。
               2人には見えなかったが、博士の表情はとても思い詰めたものであった。
               ジュンと甚平は静かに見守っていたが、やがて甚平が口を開いた。
               「何も言わないね、博士。」
               「・・・。」
               ジュンは博士の丸まった背中を見つめているうちに胸がいっぱいになった。
               そして静かに言った。
               「・・・・博士には私たちとは違う想いがあるのよ。ジョーは・・博士に
               とって息子同然だったんだもの。・・・子供の頃きっと大切に慈愛を持っ
               て育ててらしたと思うわ。両親を目の前で亡くした心の痛手を懸命に癒し
               ていたのだと思う。」
               「・・・・そうだね・・・」

               博士はじっとしていたが、やがて立ち上がって引き換えて行った。来たと
               きよりは少しすっきりした様子だった。
               博士の姿が消えて見えなくなった頃、ジュンと甚平はようやくジョーの
               場所に来る事が出来た。
               ジュンは懐から小さな花瓶を出し、積んで来た花を生けた。
               「珍しい事するだろ、ジョーの兄貴。お姉ちゃんがこんな事すんなんて、
               明日は雨だぜ。」
               「甚平っ。」
               ジュンは甚平の額をこづいた。
               2人はじっと墓標を見つけた。普通そこには亡くなった人の産まれた年月
               日と死亡した年月日が書かれるところだが、彼らはまだジョーがどこかで
               生きていてまた会えると思っているので、何も書いていなかった。
               「・・・ジョーの兄貴、お姉ちゃんはオイラが何とかするからさ、安心し
               て。きっと女らしくしてみせるから。」
               「一言多いのよ。」
               甚平は舌を出した。
               ジュンはもうっという顔をして改めて見つめた。
               「・・・これ、実は貴方がくれたお花なのよ。絶対に枯らしちゃいけな
               い、って思って毎日お水とか肥料をあげたの。・・・だって、大切なもの
               だもの。」
               ジュンは少し口をつぐんで、続けた。
               「貴方が生きた証としてずっと育てていくわ。だから、貴方も上から見
               守っててね・・・。」
               ジュンは目を閉じた。彼女の目からは一筋の涙が流れた。
               「・・・お姉ちゃん・・・。ジョー、ダメだよ、お姉ちゃん泣かしちゃ。
               でも・・またレシピ教えてくれるんだったら許してやってもいよ。
               ・・・・だからさ・・また顔出してくれよな。オイラ、まだ色々教えて
               もらいたいし。」
               2人は長い間そうしていた。
               彼らがようやく立ち上がった頃、風が吹いて来た。それは優しかったが、
               まるで2人を急き立てるように背中を押した。
               「もうこんな時間。お店を開けなきゃ。」
               「うん。ジョーの兄貴、また来るよ。」
               「ええ、きっとよ。」
               ジュンと甚平は名残惜しそうに何度も振り返りながらその場を離れた。

               墓標の前の花が微かに揺れた。





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