『 生まれ変わり 』


                「生まれ変わりって信じるか?」
                スナックジュンでコーヒーを飲んでいた健は、ふいに隣にいたジョーに
                そう言われて彼を見た。
                「生まれ変わり?」
                「ああ。」
                「どうしたんだ?急に・・・」
                「・・こんな事があった。」


                それは、ある日のどんよりとした曇り空の午後だった。
                レースを終え、普段着に着替えたジョーは、いつもの彼の熱狂的な女性
                ファンたちを避けていく途中、女の子と一緒の女性が木の下に立ってい
                るのを見た。彼は特に気に留めずに歩き出したが、2人は彼のところへ
                近づいて来た。
                「あの・・・ジョー・・さんですか?」
                「え?はい、そうですが。」
                「あの・・サインをいただけますか。・・・実はこの子、貴方のファン
                でして。」
                ジョーは母親の陰に隠れるようにして自分を見上げている女の子を見て
                しゃがんだ。
                「名前は?」
                「・・・・ジェシカ・・」
                「ジェシカか。可愛い名前だね。」
                女の子はジョーが近づいたため、恥ずかしそうに赤らめて更に隠れた
                が、そうっと彼を覗き込んだ。
                ジョーは母親の差し出した色紙に女の子の名前と自分の名前を書くと、
                女の子に渡した。
                「はい。」
                「ありがとう・・・」
                しかし、ジョーが立ち上がると同時に急に女の子が激しく咳き込んだ。
                「・・・大丈夫かい?」
                「・・・すみません・・いつもの発作なんです。今日は久しぶりに外
                出したのですが・・」
                女の子は近くの病院に入院している患者だった。彼女は重度の呼吸器
                系の疾患を患っており、もう長い事入院生活を余儀なくされていた。
                しかし今日は気分が良かったので医師の許可を得、夢だったというレ
                ースを見に来ていたのだった。
                女の子は数いるレーサーの中でもジョーが好きだった。長身で細身の
                彼は大抵の女性たちを虜にしてしまう魅力があったが、女の子には彼
                の内面の何かを感じ取って好意を寄せているようだった。

                ジョーは彼女達に付き添って病院に行った。そしてしばらくすると女
                の子の容態は安定し、母親とともに安堵した。

                そしてジョーは女の子が気になり、お見舞いに行く事にした。
                女の子は彼を見ると喜び、ずっとおしゃべりをし続けた。ジョーは身
                体に障るから、と心配したが、女の子はお構いなしだった。
                そんな時、ふいに彼女はこう聞いた。
                「お兄ちゃんは、生まれ変わりって信じてる?」
                「生まれ変わり?」
                「うん。私ね、今度生まれ変わったら、健康な身体に生まれて、もう
                一度お父さんとお母さんと楽しく暮らすの。もう病気にならないよう
                にして、お母さんを悲しませないようにしたいの。」
                「・・・そうか。」
                「・・お父さんはね、もう天国にいるんだけど、ジェシカはお父さん
                のところへ行って、それで2人でお母さんのところへ戻ってくるの。
                私ね、死んだら蝶になって、上に行くんだ。その前に、お兄ちゃんの
                ところに来るね。そしてお父さんを迎えに行くの。」

                女の子は翌日急変し、治療の甲斐なく亡くなってしまった。
                泣き崩れる母親を後にし、ジョーは病院の外へ出た。外はあの子と出
                会った時と同じようにどんよりとした曇り空だった。
                (・・・あの子は今頃父親に遭いに行ったのかな。そう言えば、俺の
                ところへ来るって言ってたけど・・・・)
                ジョーはふっと笑った。
                (俺、信じてるのか?あの事ー)
                そんな彼ははっとして目を見張った。
                一匹の蝶がひらひらと飛んで来たからだ。
                その蝶は彼の周りを飛び回った。まるで別れを惜しむかのように近づ
                いては離れ、を繰り返し、触覚を振り、やがて空高く飛び立った。
                 ”お兄ちゃん、それじゃ行って来るね。バイバイ!”
                すると、今まで曇っていた空に一筋の光が差し込み、その蝶はまるで
                導かれるようにその光を渡って上空へ消えた。


                「あの蝶はあの子の化身だったんだ。そして天国へ行って、父親を迎
                えに行ったのかもしれない。」
                「・・・・へえ・・・そんな事が。不思議な事もあるもんだなあ。」
                健は目を閉じた。
                「俺たちは・・死んだらどこへ行くんだろうな。」
                「さあな・・」健は目を開けた。「でも、もし生まれ変わりってやつ
                が本当にあるなら、俺はもう一度親父と空を飛びたい。」
                ジョーは、そう言って天井を見上げた健を見た。
                「いいじゃねえか。大いに楽しんで来いよ。」
                「(笑う)まるでもう決まったような言い方だな。」
                ジョーも笑ったが、何も言わずにコーヒーを口にした。
                (・・俺はもしかしたら、そう長くないかもしれない。・・・親父と
                お袋に会う前に、この世界を、平和になった空を飛んで見てみたい。)
                両親に会うのは、ギャラクターを倒してからだ。
                元いたところとはいえ、両親は他の家と変わらず自分に多くの愛を与
                えてくれた。そんな彼らを殺した奴らが滅びるのを見るまでは、死ぬ
                わけにはいかない。それに中途半端で行ってしまったら、両親に申し
                訳ない。

                「おっと、もうこんな時間か。メール便のバイトの時間だ。」
                「よし、ここでおいとまするか。俺が払うよ。おーい、ジュン、置い
                ていくぜ。ごちそうさま。」
                「あら、もう行くの?気をつけてね。」
                奥でジュンの声がした。
                2人は立ち上がり、店を後にした。




                               fiction