『 けん
か 』
太陽が差し込み、明るい色の壁が白く眩しく輝いた。
珍しく雨が続いていたので、雲から覗く太陽の光がとても強く感じられる。
そして白く反射した石畳をとぼとぼと歩いているジョージの姿があった。うつむいてみ
るからに元気がない様子だ。
彼は、少し歩いた場所にある建物の前に来ると、ドアを開けて中へ入った。
ジョージはそのまま廊下を歩き、台所の前に差し掛かったが、そのまま進んで行ってし
まった。
そこにはカテリーナが立って何かを煮ていたが、ジョージの気配を感じ、声をかけた。
「お帰りなさい、ジョージ」
「・・・ただいま」
あら?とカテリーナは振り返り、火を止めて廊下へ出た。
いつもなら、帰ってくるなり「ママ〜」と言って抱きついてくるのに。
彼女は廊下を登っていく小さな息子の背中を見つめた。
ジョージはもしかしたら・・。
少し大きくなってしまったのかしら。もう私の手から離れようとしているのかしら。
カテリーナは少し寂しいと思った。子供の成長はきっとこんなものなのだ。
しかし、彼女はジョージの表情がなんだか冴えなかったのを思い出し、後について行っ
た。
ジョージの部屋の戸は開いていた。
カテリーナはそっと覗いた。
すると、ベッドに顔を伏せている彼の姿があった。ので、彼女はそっと近づき、なるべ
く静かに声を掛けた。
「ジョージ、どうかしたの?・・お腹でも痛いの?」
カテリーナは少し待ち、そして続けた。
「・・それとも・・お友達と喧嘩でもー」
するとジョージは顔を上げ、突然彼女に抱きついた。
「ママ!」
そして泣き出した。
「あーん・・あーん・・ママ・・レナちゃんと・・喧嘩したんだ・・・」
カテリーナはそっとジョージの髪を撫でた。
「一体何があったの?」
ジョージはカテリーナの胸の中で泣いていたが、やがてしゃくりながら答えた。
「・・・レナちゃんから・・お手紙もらったんだけど・・・どっかいっちゃって・・嘘
ついたの。もらってないって」
彼女は何も言わずジョージの髪を撫で続けた。
「そしたら・・頭を叩かれた。痛くて泣いたら、男の子のくせに!って・・・」
カテリーナはあらあらという表情でジョージを見たが、彼はきっと彼女を見つめた。
「でも、でもママ、レナちゃんを怒らないでね!・・あの・・僕ちっとも痛くなかった
から」
カテリーナはクスッと笑った。さっき、”痛い”って言ったのに。
彼女は彼を抱き、ベッドに腰掛けた。
「私は女だから、あなたの気持ちわかってあげられないと思ったけど・・パパがいなく
ても大丈夫そうね。それじゃあ、ママから女の立場で言うわね」
カテリーナはジョージの目に溜まった涙をそっと拭った。
「きっとレナちゃんはジョージだけに何かを伝えたかったのね。なのに、あなたは無く
してしまった。彼女は悲しんだと思うわ。しかももらってないって言われて」
「・・・正直に話したらもっと怒らない?」
カテリーナは首を横に振った。
「あなたが大好きなんですもの、怒らないわよ。むしろ、正直者だと知って喜ぶわよ」
ジョージはちょっと考えて言った。
「僕、パパみたいになれるかな」
「ん?」
「いつも優しいでしょ、ママに」
ジュゼッペはことあるごとにカテリーナにプレゼントを渡したり愛を囁いている。あら
やだ、この子ったらいつも見ているのかしら。
カテリーナは自分を見つめているジョージに微笑んだ。
レナは大きく息を吐いて目をつむった。
彼女が帰ってくるなりずっとこんな感じなので、母親は彼女のことが気になって仕方が
なかった。
なので、テーブルに肘をついて元気のない顔をしているレナのところへやってきて声を
かけた。
「レナ、どうしたの、さっきからずっと黙って」
「・・・・」
「さては、ジョージくんと喧嘩したのね」
するとレナはハッとしたように彼女の顔を見上げた。
「なんでわかるの、ママ!?」
「ふふ、あなたの顔に書いてあるわ」
ええ?とレナは慌てて顔を触った。まだ小さいので本当に書いてあるのかと思ったの
か。
「ママは何年女をやっていると思う?あなたよりずうと先輩よ。あなたのことはわかる
の」
レナはまた沈んだ顔をしてうつむいた。
「・・ジョージくん・・レナのこと嫌いなのかなあ・・だって・・・お手紙・・ないっ
て・・渡したのに」
母親は隣に座った。
「ジョージくんは恥ずかしかったんじゃないかしら。きっと嬉しかったのに言えなかっ
たのよ」
「なんで?」
「本当に好きな相手だと気持ちが・・そうねえ、ドキドキして、つい意地悪しちゃう
の」
「そっか・・・私・・ジョージくんのこと叩いちゃった・・どうしよう、ママ」
「ごめんなさい、って言いましょう」
「うん」
それからレナの家に向かうジョージの姿があった。彼は後手に何かを隠し持っているよ
うだ。
ドアの前まで来た彼は、ふうっと大きく息を吐いて、トントン・・と叩いた。
「はーい」
母親らしき声がしてドアが開いた。
「あの・・」
「待っててね」
彼女は奥へ引っ込んだ。ジョージは何も言わないうちに行ってしまったので面食らって
しまったが、レナの姿が見えたのでぐっと口をつぐんだ。
「・・・」
「・・・」
「「あのー」」
2人はほぼ同時に声を出した。なので、しばらくして笑った。
「あ、あのね、レナちゃん・・これ」
ジョージは後ろに持っていた花束を差し出した。それは、ちゃんとリボンで飾り付けし
たミモザだ。
これは、カテリーナの差し金だ。彼女はレナちゃんにこれを持っていくといいと助言し
てくれたのだ。
「でもママ、これ、去年も渡したよ。同じでいいの?」
「ミモザはね、好きな相手に贈る花なのよ。あなたを愛していますという意味だから、
毎年あげていいのよ。もう直ぐヴァレンタインでしょう?素敵だと思うわ」
ジョージはミモザの花束を見つめた。そうか、いいんだ。
ヴァレンタインか。それじゃあパパは今年も奮発してママにたくさんのバラを贈るんだ
な。大人って大変だな。
「レナちゃん、ごめんね。お手紙・・」
「ジョージくん、また書くね!それも今直ぐ」
「今?」
「それから・・・叩いてごめんね」
ジョージはびっくりした。レナからミモザをもらったからだ。
「あのね、女の子も好きな男の子にあげていいんだって。・・・レナ、ジョージくんの
お嫁さんになるんだもん」
レナはそう言うと照れ隠しのように彼の手を引っ張った。
「中はいろ。お手紙書くから」
「うん」
2人は家の中へ入っていった。
カテリーナは控え室に入ってふっと息を吐いた。
そしてテーブルの上に置いてある手紙を見つめた。
『Amore mio. カテリーナ、君に贈り物をするよ。外を見て』
カテリーナはカーテンを少しだけ開けた。外はすっかり日が落ちて真っ暗闇だったが、
向かいの建物のある窓から光が点滅しているのが見えた。モールス信号だった。
『愛してるよ』
カテリーナはふっと笑った。
「もう、ジュゼッペったら。カッツェに見つかるわよ」
そして彼に向かって投げキッスをしてカーテンを閉めた。
「ママとパパはヴァレンタインなのに仕事だなんて可哀想だなあ」
ジョージはベッドに潜り込んだ。
「お休みなさい、ママ、パパ」
ー 完 ー