『  男の約束 』





           
                    チチチチ・・・・
                    鳥のさえずる声があちこちで聞こえる。
                    森の中は静かだが時々生き物の生きている証が伝わってくる。

                    その奥に、トレーラーハウスがあった。そしてその中では、窓際に置いて
                    いるベッドの上でジョーが横たわり、じっと目を閉じていた。
                    窓が開いているので、風が入ってカーテンを揺らしている。

                    しばらく静寂が流れていたが、そこへ甚平がやってきてひょいと窓から覗
                    き込むと、トレーラーハウスの周りをぐるりと歩き、ドアの前にやってき
                    た。
                    そしてドアを叩く音がし始めた。
                    「ジョー!ジョーの兄貴ー!」
                    ジョーは目を開けて起き上がると、ベッドから降りた。
                    ドアを開けると、甚平がほっとしたような顔つきで見上げていた。
                    「何だ、甚平」
                    「何だ、じゃねえよ、今日レースへ連れてってくれるって言ってたじゃー
                    ん。ずっと待ってたんだよ?」
                    ジョーはあっという顔をした。
                    「ああ・・悪い、甚平。そうだったな、忘れてたよ」
                    「もう・・・」
                    ジョーはとりあえず甚平を中に入れた。というか、甚平が勝手知ったる、
                    という感じで入って来たのだが。
                    甚平は椅子に座ろうとして、ふと小机の上を見た。
                    「あれ?」
                    そしてそこにあった封筒を手にした。それは飛行機のチケットが入った
                    ものだった。
                    「・・・どっか行くの?・・・BC島行き・・」
                    「俺の生まれ育った島だ」
                    「へえ・・。どこにあるの?遠い?」
                    「イタリア半島のつま先についたとこ。シシリー島とも言うんだ。約10
                    時間くらいかな・・」
                    甚平は目を丸くした。
                    「へえー、10時間も?すげえなあ。・・・・いいなあ、旅行?オイラも
                    連れてってよ」
                    ジョーは微かに笑った。
                    「連れてってやりたいが・・墓参りだ、両親のな」
                    「そう・・・。そうか・・ジョーの両親も死んじゃったって言ってたもん
                    ね。でもちゃんとお墓があるなんてすごいね」
                    「・・そうだな・・」
                    「そう言えば、前ママの事訊いたけど、パパの話はまだだったね。ジョー
                    のパパってどんな人?・・・怖かった?」
                    ジョーは笑った。甚平がまるで自分の事のように恐ろしげに言ったから
                    だ。
                    「そりゃ、俺はいつも悪さばかりしてたからな、親父に叩かれたりなんて
                    しょっちゅうだよ」
                    「そう・・」
                    「でも・・親父は俺をよく抱きしめてくれた。よく喧嘩して負けて泣いて
                    帰って来たり、怖い夢を見て怯えてたりすると、親父はいつも慰めてくれ
                    たよ」
                    「ふ〜ん」
                    ジュゼッペは強面で怒ると大変怖かったが、基本優しかった。
                    子どもの事のジョーはやんちゃで手に負えない利かん坊だったが、叱った
                    後は必ず暖かく抱いてくれた。
                    今思えば、ギャラクターの幹部としてずっと働き詰めだったことを考える
                    としょっちゅう家を空けていた事に合点がいく。
                    しかも幼いジョージには仕事の話はせず、漠然と遠くへ行っているという
                    事しか知らされていなかったのだ。

                    「・・さてと、行くか」
                    ジョーは立ち上がった。
                    「えっ、いいの?」
                    「ああ、まだやってるだろ。これからは俺の友人が走る頃だ」
                    甚平も椅子から飛び降りた。
                    「わあ、楽しみだなあ」
                    「ああ、甚平」
                    「え?」
                    「・・・この事は、健たちに言うなよ」
                    「どうして?」
                    「・・・どうしてもだ」
                    甚平は一瞬迷った表情を見せたが、ジョーを見上げると、こくんとうなず
                    いた。
                    「分かったよ、お姉ちゃんにも言わない。女はおしゃべりだからなー」
                    「ああ、男と男の約束だ」
                    ジョーはそう言って小指を差し出した。
                    甚平は嬉しそうに自分の小指を絡めた。
                    『男と男の約束』・・何だか大人になった気がして、くすぐったかった。
                    「行ったら、すぐ戻るさ」
                    「うん、待ってるよ。あ、ついでにお土産なんかあったりしたら嬉しいな
                    〜」
                    「(笑って小突く)こいつっ、遊びに行くんじゃねえよ」
                    甚平はエヘっと舌を出した。

                    2人は外に出ると、止めてあった車に乗り込み、ジョーは発車させた。



                                    ー 完 ー







                                     fiction