『 開 かれた門 』




                ジョーは何かの音に起こされたような感じで目が覚めた。
                「・・・ちぇっ・・なんだよ・・気持ちよく寝てたのに」
                彼が大きく体を反らすようにあくびをすると、背中の大きな羽が広がった。
                ぼうっとしていると、そこへ遠くを小走りに進んでいた男性が近づいてきた。
                「おいおい、君。今の号令が聞こえなかったのかい?神様の召集の合図だよ」
                「招集・・?」ジョーははあ、と息を吐いた「また何か仕事か」
                ジョーは立ち上がって仕方なく男性の行く先についていった。


                大きな門が見えてきた。
                奥には神殿があり、さらにその奥には主である神が座っておられるのだ。
                中へ入ると、奥へ行くほど多くの天使たちが集まってある者たちはおしゃべりを
                し、ある者たちは静かに佇んでいた。
                ジョーはとりあえず進んでいったが、目の前に数人の次官らしき人物がぞろぞろ出
                てきて、位置についたので、立ち止まった。
                他の人々も集まってくる。
                『皆の者、よく集まってくれた』
                いつの間にか正面にひげを生やした人物が腰かけていた。
                周りが皆お辞儀をしたので、ジョーも真似をした。
                『皆はここへきた時期も状況もそれぞれ違うが、大切な者たちを置いてきたことは
                共通しておる。志し半ばでやってきた者もおろう。
                そこで、地上へ残した自分が大切と思う人々を支え、見守ってくること。その代わ
                り、気づかぬようにすること。来たという証を残してはならん。時間制限は今宵0
                時きっかり。
                過ぎればこの門は閉ざされ、中へ入ることもできない。』
                ジョーはえ〜、とか呟きそうになったが、周りは動じることもなくじっと神様の話
                を聞いている。
                『良いか、夜中0時だぞ』
                (なんだかシンデレラみてえだな)
                ジョーはそう思った。すると神様はいつの間にか姿を消し、人々はそれぞれ地上へ
                向かった。
                「やれやれ、ここの仕事って地道に大変だな。ただ見てりゃいいのかな。まあ監視
                してなきゃなんねえやつらばっかだけどな」
                ジョーはブツブツ言いながら同じく地上へ向かった。


                ジョーは地上へ来ると、最初に丘の上の立派な建物に向かった。
                もう彼らが過ごした海の中の基地はない。じっと静かに眠っている。
                「最初に基地へ行けばよかったかな?・・もう何も言わねえだろうけど」
                彼はドアを通り抜けて中へ進んだ。そして勝手知ったる中を進み、ある部屋へ向
                かった。
                気配を消して中へ入ると、相変わらず南部博士が忙しそうにしていた。何か執筆し
                ているらしいのだが、時々立ち上がり、書棚の本を物色している。
                (なんの研究をしているんだろう。科学者ってのは大変だな)
                この日は風が強かったらしく、突如窓が開いて、強い風が入り込んできた。
                「あ!」
                ジョーは思わず声を出してしまったが、博士と同時だったので気づかれなかったよ
                うだ。博士は飛び散った便箋を拾い出したが、結構な量だ。
                ジョーは手先を振るように動かし、散らばった用紙を集め、机においた。
                「ああ、よかった・・・」
                博士はそれを取ろうとしたがその手を止めた。
                そしてゆっくり部屋を見渡したが、ちょうどジョーが去っていった後だった。
                博士は窓を閉めようと手をかけたが、下の道をじっと見つめた。
                そこは、博士が見た、車で出て行くジョーの最後の姿があった場所だ。
                「・・・ジョー」


                夜のスナックJはひっそりとしていた。今日はお休みらしい。
                カウンター裏のキッチンでは珍しくジュンが包丁で何かを切っているようだ。料理
                の修行でも始めたか。まあよかった。
                が。
                「いたっ」
                ジュンは思わず人差し指を舐めた。
                「・・しょうがないわね・・・」
                彼女は水で流してそのまま続けた。
                「早く作らないと」
                ジョーは頭を振って背後から手を伸ばし、そっとその指を包み込むようにかざし
                た。
                すると一瞬光が溢れ、彼女の指は元に戻った。
                ジュンはしばらく気づかずにそのまま野菜を切り出したが、ふと指先を見た。
                「あら・・?治ってる」
                ジュンは手を見た後あたりを見渡した。
                「・・夢を見ているのかしら」

                ジョーは2階へ向かった。中を覗くと、甚平は布団の中だ。
                やれやれ、こいつは特に見守らなくても大丈夫そうだな。
                すると甚平は寝言を言い出した。
                「・・・だからお姉ちゃんダメなんだ・・よ・・ムニャムニャ」
                ジョーは微かに笑みを浮かべ、立ち去ろうとした。
                「・・ジョー・・」
                「・・・!」
                ジョーは振り返った。気づかれたのか?
                「・・・お姉ちゃん、下手くそだからさ・・・・また教えてやってくれ・・・
                よ・・・ねえ・・ジョー・・・」
                ジョーは蹴飛ばして半分しかかかってない掛け布団を直した。
                『・・・甚平、お前が教えてやれ』
                そして静かに去った。

                ハーバー近くでは釣りをしている竜と弟の誠二がいた。
                「・・ハー・・釣れないねえ、あんちゃん」
                「ほんとだわ、せっかくおめえがきてくれたっつーのに。魚のやろう、挨拶くらい
                してけってんだ」
                「あ!」
                「お、誠二、落ち着いて引きあげろよ〜」
                「わかってるよ」
                 引き上げると、誠二の竿の先に銀色に輝く小ぶりの魚が暴れていた。
                「なんだ、イワシか」
                「昼から釣ってこれかい。あー、そうじゃ、あいつの墓前にやるわ。新鮮で美味え
                ぞお」
                 ジョーは思わず竜の頭をぶん殴った。
                『おい、竜!俺は生ものの魚は食えねんだよ!』
                「へっ?!」
                竜は思わず頭を押さえ、あたりを見渡した。
                「どうしたん、あんちゃん」
                「誠二、おめえおらの頭殴ったか?」
                「そんなことしないよ〜」
                「だよな・・変だなあ・・」竜はうーんと考えた。「なんか、前に殴られた感じと
                同じだわ・・」

                森の外れに小屋が建っている。その近くには自家用セスナが停まっている。
                だが、そのセスナは使用しているように見えず、埃が溜まっていた。
                ジョーはその埃を見て眉をひそめた。
                (・・健はいつも綺麗にしていたはずだが・・)
                ジョーは怪訝に思いながらも中へと入った。
                小屋はまあ比較的こぎれいにしていた。おそらく心配した博士とかが時々見に来る
                のだろう。ジョーはなんとなくそんな気がした。
                (変だな・・誰もいないのか?)
                中はひっそりとして生活感があまり感じられない。
                健のやつ・・

                と、少し開いたドアを覗くと、ベッドがあり、誰かが寝ている様子だった。
                (なんだ、寝てるのか。心配して損した)
                ジョーはふと壁にかけてある時計を見上げた。
                (もうこんな時間か。戻らなくてはな・・)
                彼は壁を向いている健の顔を覗き込んだ。
                (じゃあな、健。元気で。ちゃんと食えよ)
                ジョーが背中を向け、出ようとした時であった。
                背後で咳き込んでいる声が聞こえてきた。
                「・・・・」
                ジョーはそっと近づいた。健の顔をじっと見つめた。全体的に赤く、汗ばんでい
                る。彼は気づいた。健は風邪をひいて寝込んでいたのだ。
                (・・・病院に行ってねえのか?・・ったく、どんだけ貧しいんだ、おめえはよ)
                ジョーはため息をついて、キッチンらしき場所へ移動した。
                「果たして、何かあるかどうか・・だが」
                冷蔵庫を開けてみた彼は盛大にため息をついた。
                「・・・期待した俺が悪かった」
                やがて彼は立ち上がった。
                「しょうがねえ、調達してくるか」
                ジョーは羽をふわりとさせ、壁を抜けて森へと向かった。

                やがてジョーは何かを抱えて森から出てきた。
                腕には卵があった。
                「誰の卵か知らねえけど、もらってくよ」
                そして彼はそのまま近くの町へと飛んで行った。

                そして1軒の酒屋を見つけると、すっと降り立った。
                ゆっくりと店内を見渡し、麻袋を見ると近づいた。
                「ちょいと少しばかりもらうぜ」
                ジョーは少しばかりの酒粕を手にするとまた宙を飛んだ。

                ジョーは小屋へと戻ると酒粕を溶かし、そこへ溶いた卵を入れた。
                それをしばらく煮ていけば・・・。
                後ろの方がコトリ・・と微かな音が聞こえた。
                ジョーはハッとした。

                健は何やら漂う匂いに目を覚まし、おぼつかない足取りで近くまで歩いてきたの
                だ。
                「・・・一体・・なんだ。物盗りか・・?」彼は頭を振った。「そんなわけない
                か」
                キッチンの中へ入った健は思わず立ち止まった。
                コンロに置いてある小さな鍋からは暖かな湯気が立ち込め、酒粕のいい匂いが漂っ
                ている。
                「・・・どういうことだ」
                健は蓋を開け、卵酒をここで誰かが作っていたのだと悟った。
                だが、一体誰が・・

                と、すっと風が入り込み、彼の火照った頬を撫でた。
                健は窓を閉めようとして、ふと側に落ちているものを見るなり、手にした。
                それは1本の長い羽根だった。
                「・・・・」
                健はそれをじっと見つめ、そして再び夜空を見上げた。
                「・・・ありがとう・・」


                ジョーは雲の中をひたすら歩き続けた。門はもうすぐだ。
                でもだいぶ時間が過ぎてしまった。

                『過ぎればこの門は閉じられ、中へ入ることもできない』

                ジョーは閉じられた大きな門の下に来ると、背を向けて腰掛けた。
                「俺はこれからどうなるんだろうなあ・・」
                すると後ろで声がした。
                「お前、そんなところで何している。早く入らんか」
                「・・え?」
                ジョーは振り返った。一人の次官がそこにいた。
                「何言ってんだ、時間過ぎたんだろ」
                「いいから」
                彼は驚いた。門が開いていたのだ。
                ジョーはわけ分からないまま次官についていった。
                神殿近くに来ると、いつもの嫌味な(とジョーは思っている)天使がさっと何かを
                渡した。
                「罰として、掃除だ」
                ジョーは睨みつけながら箒を奪い取るように手にした。
                「で?どこを掃除すりゃいいんだ?」
                「門のあたりだ。よろしくな」
                「ふん」
                ジョーは悪態をついてさっさと立ち去った。
                天使は苦笑いをして腕を組んだ。
                「・・本当に手のかかるやつだ」
                『だが、世話好きなのはいいことだ。自分よりも他人、なのだな』
                神様はそう言うと、あくびをした。
                『それじゃ寝るかの』
                「はい、ごゆっくり」
                天使がお辞儀すると、神様はすっと消えた。

                ジョーは箒を一応振っていたが、先ほどまでの彼らを思い出していた。
                ちょっと不安ではあるけど、皆元気そうだ。
                ジョーは打って変わってちゃんと掃き始めた。
                皆の幸せを願いながら・・・。



           
                              ー 完 ー




            
                              fiction