『 春の足 音 』




            いつも一緒にいてくれたのに

            ジョージは窓からずっと顔を出して遥か遠くを見ていたが、時々ため息をついた。
            それは朝からずっとで、朝食も食べずにそんな感じなので、階下のマーサも心配していた。

            「困ったものだわ」

            マーサはお盆に朝食のビスコッティと温めておいたミルクの入ったマグカップを置いて
            2階のジョージの部屋まで向かった。

            「お坊ちゃん、朝食の時間ですよ」

            ジョージはマーサが入ってきてもそのままベッドの上で窓から離れずにいた。

            「きっと忙しいのよ。きっと帰ってくるわ」

            「・・・なんでわかるの。だってもう”今日”だよ」

            「だからですよ」

            近くの教会から鐘の鳴る音が聞こえてきた。
            式の始まりの合図だ。
            マーサは机の上にある、まっさらな卵たちを見た。

            「まだ何も書いてないのね」

            それは、毎年ジュゼッペとカテリーナと一緒に絵を書いていた復活祭用の卵だ。
            でも、今年は彼らがいないので、ジョージは何も書かずにいたのだ。

            「ジョージお坊ちゃん、何か描いてみたら。ご両親もきっと足を早めてくれますよ」


            ジョージはチラと卵を見たが、再び外に視線を向けてしまった。
            それでもマーサは諦めない。

            「それに、ミルクが冷めてしまうわ。お坊ちゃんに食べて欲しくて待ってますよ」

            「・・・変なの」

            マーサはクスッと笑ってそっと出ていった。

            ジョージのお腹がぐうっと鳴った。
            彼はお腹をさすると、振り向いてようやくビスコッティをミルクに浸して食べはじめた。

            それが終わると、ジョージは色とりどりのペンを取り出し、卵を手に取った。


            しばらくしてマーサがやってきた。
            お盆を下げるふりをしてジョージの様子を見にきたのだ。
            そしてすっかり空になったマグカップと皿を見て微笑んだ。

            ジョージはというと、お腹がいっぱいになったからか、窓にもたれてうたた寝をしている。

            「あらまあ、風邪ひくわよ」

            マーサは毛布をそっとかけてふとカゴの中に入った卵に目をやった。

            『Mamma』
            『Papa』

            そして・・

            『Tornino!!!』
            『Tornino!!!,mamma, papa !』
            (戻ってきて!)
            (戻ってきて!ママ!パパ!)

            1個1個そんなことが書いてあるのだ。

            マーサはつぶやいた。

            「大丈夫、神様が聞いてくださるわ」


            その頃、丘の道を歩く男女の姿があった。両手に何かを抱えている。

            「あの子はきっと怒っているかな」
            「ええ、家の中が大変かも」
            「早くご機嫌取らなきゃ」

            2人は笑い合った。

            遠くてお囃子の音が聞こえてきた。
            ジュゼッペとカテリーナは足を早めてジョージの待つ家へと向かった。




                            ー Fine ー







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