『 遥か 遠くへ 』







                   だだっ広い廊下をジョーは歩いていた。
                   ここにやってきて2、3年。ようやく博士やその他の
                   大人達に心を開いて振る舞えるようになった。
                   まだぎごちない雰囲気ではあったが。
                   そんな彼はドアの前に立ってノックした。
                   そこは健のいる部屋だった。以前は敢えて避けていた場所
                   だったが、最近はこうして来る事も、また逆に健が遊びに
                   来る事があった。
                   もっとも、最初のうちは健が来るのがうっとうしく思って
                   隠れたりしたものだったが。

                   「・・いないのか・」
                   中は留守らしく、声もしない。
                   「ちぇっ、からかおうと思ったのに。」
                   ジョーはがっかりしたように窓から外を眺めた。
                   そして下に視線を移し、こう言った。
                   「・・・何やってんだ?あいつ。」
                   庭では、健が紙飛行機を飛ばしている。
                   ジョーは降りて健のいるところへやってきた。
                   「何やってんだよ。」
                   健はこちらを見た。
                   「あ、ジョー。いいところに来た。これ持ってて。」
                   「えっ」
                   健はジョーに紙飛行機をいくつか持たせた。
                   「お父さんに届かないかな、って思ってさ。」
                   健は飛ばしながらそう言った。そしてジョーの手から
                   つまんでまた飛ばした。
                   「ねえ、ジョーも飛ばしてみたら?きっとお父さんたちに
                   届くかもよ。」
                   するとジョーは急に不機嫌な顔をした。
                   「・・ふんっ、そんなことしたって届くもんか。だってー」
                   ジョーはうつむき、紙飛行機を健に返して行ってしまった。
                   「・・ジョー・・」
                   健は黙って彼の小さくなっていく背中を見つめた。

                   ジョーは木の上に登って遠くを眺めた。
                   遥か彼方には山々が連なっているのが見え、彼の故郷を
                   思わせる光景が広がっていた。
                   パパとママはこの山の向こうに行けば会えるのかな。
                   じっと山を見ていると、ずっと幼かった頃の自分と両親の
                   姿がぼんやりと浮かんで来た。
                   以前健は母親の記憶が薄れてくる感じだと話していた。
                   自分も大きくなってくるにつれて両親の事や思い出を忘れて
                   しまうのだろうか。
                   もしかすると健は忘れまいとして親に紙飛行機を届けようと
                   していたのかも。
                   「・・・・。」
                   ジョーは木から降りた。

                   健は相変わらず飛ばしていた。
                   「・・もっと遠くへ行かないかなあ。これじゃ届かないよ。」
                   そして落ちた紙飛行機を拾おうとした彼は、目の前で拾われて
                   顔を上げた。
                   「ジョー。」
                   ジョーは健に渡した。
                   「・・僕にも貸して。」
                   彼は思い切って飛ばした。それは大きく円を描いたが、
                   そのまま草むらの中へ落ちた。
                   「・・何だ、ダメだ。」
                   「よし、もう一回やろう。」
                   2人は空に向かって投げた。
                   と、するとびゅうっと突風のような強い風が起こり、
                   2人の投げた紙飛行機が空高く舞い上がった。
                   「・・・・あ・・・」
                   健とジョーはじっと気流に乗っていつまでも飛んで行く紙飛行機
                   を見つめた。
                   それはまるで彼らの意思を汲み取ったかのように遥か彼方まで
                   飛んで行き、やがて消えて行った。

                   「・・読んでくれたかな。」
                   「うん・・。」
                   彼らはそれぞれ両親宛にメッセージを書いて紙飛行機にしていた。

                   自分たちは元気にやっている。
                   そしてあなたたちの事は決して忘れない、と。

                   2人は木の上からいつまでもその方向を見つめていた。









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