『 ドン・コルネーリ (後編) 』




            食堂は大広間にあり、天井からは豪華なシャンデリアが等間隔に吊るされていた。
            ジョージは見るもの全てが新しくてここでもキョロキョロしたり、給仕する大人たちを捕ま
           えては質問ぜめに合わせていた。
            おやつは食事かと思うくらい豪勢だった。ビスコッティもティラミスも可愛らしいデコで飾
           られている。
            「ジョージは楽しんでくれているようです」
            ジュゼッペがそう言うと、祖父はワインを置いた。
            「そう思ってくれれば良い」
            そしてこう続けた。
            「あの子は、ちょっと優しすぎるな」
            「ええ・・」
            「わしの組織でやっていけるかどうか。いずれはお前の後を継がねばならん」
            「はい」
            「我々は、島で由緒ある一族なのだ」
            2人は美味しそうにお菓子を食べ、カテリーナと談笑しているジョージを見つめた。

            祖父はその後、ジョージをある部屋へ連れて行った。
            彼曰く「一族の歴史」だと言う。
            ジョージは写真がいくつか貼られた壁に近づいた。そこには若かりし頃の祖父やいろいろな
           人たちが写っていて、写真は全てセピア色になって時代を感じさせた。
            「・・これは何?」
            祖父はジョージが指差した写真を見つめた。
            「ああ・・これはまだおじいちゃんが子供の時の写真だよ。日本の東京という場所の下町
            だ」
            「・・下町?」
            「ああ、おじいちゃんはね、日本人だ。ここへやってきたとき外国人ということでガラの悪
            い連中に絡まれて騒動を起こしての。そこで目をつけられたのだよ」

            ドン・コルネーリが日本からここイタリアのこの島へやってきたのは彼が15歳の頃だっ
           た。
            下町生まれの彼はとかく喧嘩っ早く、如何しようも無いワルだったので両親から勘当され、
           単身海を渡った。
            その後日雇いなどして日々の暮らしをなんとか繋いで生きてきたが、近所を縄張りとしてし
           ていたチンピラが目をつけ彼に絡んできた。が、もともと気性の荒い性格が幸いし、相手を打
           ち負かしてしまった。
            そんな場を1台の黒塗りの車が通りかかった。
            降りてきたのは黒いスーツにサングラスと言った、もっと悪そうな見かけの男たちだった。
            「小僧、いい腕っぷりじゃないか。惚れ惚れしたぜ」
            「・・誰だい、お前たちは」
            「俺たちのところへ来ないか?いい仕事がある」
            「なんだ、仕事ってのは」
            「ついてくればわかる」
            男たちは若者を半ば強制的に車に乗せた。

            彼が連れてこられたのは、大きな屋敷だった。
            屈強な男たちやメイドもいる。
            そして広間へ通されると、実は跡取りを探していると切り出された。
            なんでもここにいる子は、娘しかおらず、家業を継ぐには婿を入れなければならない。
            「で、ここは?」
            「BC島一の、一族だ」
            それだけで彼は理解した。
            「マフィアか!御免被る。人殺しの手伝いなんかできるかい」

            「わしは無駄な殺生は好まん。必要な時だけだ。守るものがある時だけだ」
            「でも入ったんだね」
            祖父は頷いた。
            「生きるためにな。せっかく逃れてきたのに野垂れ死だけばしたくなかった。だから、そこ
            の娘と一緒になり、ここの一員となった。
             ”コルネーリ”は一族の姓だ。だが、一方で日本の姓も捨てたくなかった。だから、息子
            のジュゼッペに”アサクラ”という名字をつけたのだ」
            祖父は改めてジョージを見つめた。
            「わしはここではコルネーリだが、お前のおじいちゃんであるアサクラだ」
            「うん」
            ジョージは彼にしっかりと抱きついた。

            帰りの車の中でジョージは何かを大事そうに手にしていた。
            そこには古い日本の町の中で母親と一緒に微笑む少年、そしてもう一枚は先ほど祖父と一緒
           に撮った写真だった。
            「おじいちゃんとの話は楽しかったかい」
            「うん。今度はパパの子供の頃の話たくさん聞こうかな」
            「ええ?」
            ジョージはいたずらっ子のような表情で笑った。
            ジュゼッペも笑ってハンドルを握った。



                             ー 完 ー




        
                              fiction