『 ドン・コルネーリ(前編)  』




               ジョージは顔に当たる光に目を覚ました。朝だ。
               そして彼はあ、という顔をした。
               「そうだ、今日はおじいちゃんちに行くんだった」
               ジョージは起きてそこにあった服を着て階下へ向かった。
               でも、実はジョージには祖父の記憶が無い。無理もない、彼が生まれた時に両親が見
              せに行ったきりなのだ。当然ジョージが覚えているはずはない。
               しかもジュゼッペが見せてくれた写真に写っていた祖父はなんだか威厳があり、
              ちょっと怖そうだった。
               「・・優しいといいなあ」
               ジョージはそう呟くと洗面所へ行って顔を洗った。

               ビスコッティとエスプレッソ(ジョージはオレンジジュース)の朝食が済むと、カテ
              リーナはジョージにとっておきの余所行きの衣装に着替えさせた。そして一家は準備が
              終わると、ジュゼッペの運転する車に乗り込んだ。
               後部座席に収まったジョージは隣のカテリーナに言った。
               「ねえ、ママ・・。おじいちゃんって、どんな人?」
               「そうねえ・・」
               「ねえ、怖い?」
               カテリーナは首を傾げた。
               「どうして?」
               そんなこと聞くのか、という表情の彼女だ。
               「パパが見せてくれた写真・・」
               彼女は微笑んだ。
               「まあ、きっとお澄ましされているのよ。ジョージも写真撮られている時って緊張す
               るでしょ?」
               ジョージの顔がぱあと明るくなった。
               「そうか!そうだね」
               運転していたジュゼッペはかすかに笑った。

               やがて鬱蒼とした森の中へ入った。ここは昼間というのに薄暗い。
               「ジョージ、もう直ぐだよ。大きな門が見えてくる」
               ジョージは身を乗り出した。
               するとジュゼッペの言うとおり、目の前に大きな門が見えてきた。鉄格子が高くそび
              え立つ、まるで絵本でよく見るお城の門のようだ。

               ジュゼッペは車を駐車場所に停めると、カテリーナとジョージの降りるのを手伝っ
              た。
               ジョージは、と言うと、見たことも無いような大きな庭にひたすら目を奪われてキョ
              ロキョロしていた。
               そんな彼を微笑ましくみていた両親は玄関へ進み出た。入り口で数人の男女が立って
              いる。彼らは一家を確認すると深くお辞儀をした。
               そして一人の男性がこう言った。
               「先ほどから浅倉様をお待ちしております」
               ジュゼッペは頷いた。
               中へ入ると、数人の女中らに囲まれていた一人の老女がスタスタと歩いてきた。
               「まあまあ、ジョージ。よく来たねえ。おばあちゃんにキスをしておくれ」
               「おばあちゃん?」
               老女が微笑んで頷くと、ジョージは彼女の頬にキスをした。
               「大きくなったこと。幾つになったの?」
               「もう直ぐ8歳だよ」
               「おばあちゃんのこと覚えてないわね、赤ちゃんだったから」
               彼女は顔を上げてジュゼッペに向き直った。
               「お元気で何よりです、母上」
               「ええ、おかげさまで。カテリーナさんもお元気そうね」
               「ありがとうございます、御義母様」
               カテリーナはお辞儀をした。
               「父上は」
               「居間にいますよ」
               ジュゼッペはジョージに言った。
               「ジョージ、お爺様に会いに言っておいで」
               「え?パパは行かないの?」
               「いいんだよ、彼はジョージに会いたがってるんだ」
               「うん」
               ジョージは居間だと言われた部屋の前まで歩いた。
               そしてコンコン、とノックすると、
               「誰だ」
               やはり威厳のある低い声が聞こえた。
               ジョージは大きく息を吐き、ドア越しに言った。
               「僕はジョージです」
               「お入り」
               ジョージはドアを開け、恐る恐る中へ入った。
               すると、大きな窓に向かって椅子に座っていた人物がすくっと立ち上がり、こちらを
              向いた。
               「おお、ジョージ。待っていたよ。こちらにおいで」
               ジョージはスタスタとその人に近づいた。彼は背が高く、スーツ姿に白髪混じりの初
              老の感じだ。
               彼はそっとジョージの頭に手を乗せた。
               「ふふ」
               「おじいちゃん、何がおかしいの?」
               「はは、ジュゼッペの子供の頃を思い出してね。面影がある」
               ジョージは祖父の顔を見つめた。なんか、父親の顔をしている。
               「ねえ、パパってどんな子だったの」
               「ああ、いたずらっ子でね、おじいちゃんもおばあちゃんもすっかり手を焼いたもの
               さ。」
               そしてジョージを見て笑った。
               「ちょうど、ジョージと一緒だ」
               へえ、とジョージが不思議な顔をしていると、祖父はかがんで言った。
               「ところで、ジョージ。何かほしいものはあるかね。言ってごらん」
               「え?ほんと?えっと・・・」
               と、そこへドアがノックされ、一人の男が入ってきた。
               「失礼いたします」
               祖父は少し険しい表情をして彼を見た。
               「なんだ。わしは忙しい、手短に話せ」
               「は、ドン・コルネーリ、実はー」
               すると祖父は目を細め、男を睨んだ。そして指をドアに向けると、男は慌てたように
              頭を下げ、出て行った。
               「おじいちゃん、今の人誰?」
               「ああ、なんでもないよ。ジョージ、しばらくここで待ってなさい。すぐ戻る」
               「うん」
               祖父は廊下に出た。すると先ほどの男が起立している。
               ジョージはゆっくりとドアに向かい、そっと開けた。

               「あるか」
               「は、こちらに・・」
               男は懐から、葉巻を取り出した。祖父はそれを受け取り、口にし火をつけさせたが、
              次の瞬間、男を平手打ちした。
               「孫の前で、わしをあの名で呼ぶな!」
               「・も、申し訳ありません」
               「行け、用事は夜にしろ」
               「はい」
               ドアから一部始終見ていたジョージはそっとドアを閉めた。
               あの人なんで怒られたんだろう。
               おじいちゃんはあんなに優しかったのに。
               ジョージは祖父が戻ってくるのを感じて、元の場所へ戻った。
               「待たせて悪かったね」
               「ううん」
               「今頃おやつの用意をしているはずだ、食堂へ行こうか」
               「ねえ、おじいちゃん・・」
               「なんだね?」
               「人を殴っちゃいけないんだよ、かわいそうだよ」
               祖父は少し眉を動かした。
               「・・見てたのか。なんでもない、あの人はちょっといけないことをしたんだ。だか
               ら怒ったんだよ。でも大丈夫、大人だからね」
               祖父はジョージの手を引いて歩いた。彼の手は暖かく、優しさも感じられたので、
              ジョージは安心した。







                          (後編へ続く)






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