『 新し い場所 』




                その島は一国の先っちょについていた。
                そこは南国らしく太陽のまばゆい光が全体に注いでいた。
                海は限りなく青く、静かに波を寄せていた。
 
                そんな島に、学会でやってきた南部博士は忙しい会議の合間を縫って
                この風光明媚と云われる海岸へと足を延ばした。
                「・・・綺麗なところだ。」
                彼はそうつぶやくと、考え深げにじっと海を見つめた。
                「こんなところが、あのギャラクターと呼ばれる闇組織に牛耳られている
                とは・・。」
                博士がギャラクターの存在を知ったのは、この地に来てしばらくたってか
                らだった。
                島の市長らが口々に恐ろしげに話しているのを聞いて、博士はそのギャラ
                クターにただならぬ恐怖とともに興味を抱いた。
                (この島にいる間に何とか情報を収集しよう。今後のために役立つかもし
                れん。)
                と、そんな時、博士の耳に銃声が聞こえてきた。
                (・・・・事件か?)
                博士は聞こえた方向へ急いだ。事件ならどこの国でも起こりうるし、あま
                り首を突っ込むのは得策ではないのだが、どういうわけか直観でそこへ行
                かねばならない気がしていた。
                彼がそこに到着すると、野次馬が何人か遠巻きにいた。彼はテーブルの方
                を見やったが、波の打ち際を見ると駆け寄った。小さな男の子が倒れてい
                たのだ。
                博士はしゃがんだ。
                「・・・どうした?」
                彼は首筋に手を置き、そしてその子を抱きあげた。
                「まだ息がある。私のところにおいで。」
                そして彼はその子をどうするのかと聞く市長らに、自分は医者だと告げ、
                子供に応急手当を施して研究所へ連れ帰った。
 
                子供はすぐさま手術室へ運ばれ、緊急手術を受けた。
                やがてICUに移され、博士は眠っている子供のところへ面会に行った。
                「どうですか、この子の容体は。」
                「ああ、博士。大変でしたよ、体のあちこちに何かの破片が入ってまして
                ね。それを取るのにだいぶ時間がかかりました。」
                「破片?」
                「これです。」
                博士は医師から渡された金属製の破片を手にした。
                「これは爆弾か何かだろう。」
                「・・・爆弾、ですか。」
                「この子はこれにやられたのだ。だが・・・あの銃声はなんだったの
                だ。」
                そういえば、この子から離れた場所に男女がいた。きっとこの子の両親だ
                ろう。見たとこ、即死状態だった。たぶん彼らは銃で撃たれ、子供は爆弾
                を投げつけられたのだ。
                「可哀想に。何かの事件に巻き込まれたのだろうな。」
                「博士、この子は素晴らしい生命力に恵まれていますから、きっとこの管
                も直取れる事でしょう。そしたら、ゼリーでも食べさせてやります。」
                「ああ、そうしてくれたまえ。あとジュースか何かもあげてくれ。」
                「はい、わかりました。」
                医師が立ち去ると、博士は改めて子供を見つめた。
                手術後なので管が口から肺へ入っている。目覚めたらきっと変なものが体
                に入っているのに気づいて大騒ぎするかもしれない。口もきけないので怖
                い思いをするだろう。
 
                子供は翌日には普通の病棟へ戻された。薄暗く、機械の音しかしないICUか
                ら出られてきっと喜んでいるに違いない。
                博士は子供のいる病室へ向かった。もう目を覚ましていることだろう。
                彼は静かに戸を開けた。子供は目を閉じていた。まだ寝ていたようだ。左
                腕に点滴をしている。しばらく食べるものも制限されているので栄養剤を
                入れているのだ。
                博士は窓際へ行き、外を眺めた。
                ユートランドの日差しはあの島と同様まぶしい。彼はあの美しい海の青さ
                を思い出した。
                そしてその美しさの裏にある恐ろしさも痛感した。
                あの島はギャラクターに支配され、もともといるマフィアとの抗争も絶え
                ないのだ。
                博士はふと振り向いた。
                毛布が少しだけ動き、子供がゆっくり目を開けたからだ。
                博士は彼に向かって微笑んだ。
                「おはよう、気分はどうかね?」
                しかし子供はぽかんとして博士を見つめた。
                「ああ、そうか。私の言葉が理解できないのか。そうだったな。」
                博士はゆっくりと近づいた。
                『おはよう。英語はわかるかい?』
                『・・・すこし。』
                『ここは私の病院だ。心配しなくていい。』
                『・・・お医者さん・・?』
                『・・まあ、そんなとこかな。気分はどうだね?』
                『・・・僕をあんな目にあわせやがって。』
                博士はふっと笑った。
                『威勢がいいな、さすが男の子だ。その元気があればすぐに治ってしまう
                な。』
                しかし男の子はあたりを見渡し、こう言った。
                『・・・ママ・・・・パパは…?』
                博士ははっとした。やはりあの2人はこの子の両親か。
                彼は口をつぐんだ。駆けつけた時にはすでに彼らは死んでいた。
                すると男の子は泣き出した。
                『・・・ママ・・・・パパ・・・・』
                男の子は両親の死を理解していたかもしれない。その時は気丈にも心を平
                穏に保っていたが、後になって急にその死が思い出されて深い悲しみに包
                まれたのだ。
                博士は泣きじゃくる男の子の傍に寄り、そっと髪に手をやった。
                きっとこうやって両親にされていたのだろう、しばらくして男の子は泣き
                ながらも少し落ち着きを取り戻したようだ。
                『坊やの名前は?』
                『・・・ジョージ。』
                『そうか。それではジョーって呼ぼう。君は今日からジョーだ。そして私
                の子だ。』
                『・・・・おじさんの?』
                博士は笑った。
                『おじさん、か。だが、パパと呼ばなくていい。パパはパパ一人だから
                な。私のことは「博士」でいいよ。』
                博士はその子の澄み切った蒼い瞳を見つめた。この子を全力で守らねばな
                らん。両親を死に追いやった組織は子供がいなくなったと知れば血眼に
                なって探すかもしれない。そのためには偽装してかくまう必要がある。
                博士は立ち上がり、再び窓際に歩いて外を眺めた。
                上空では変わらず太陽が明るい光を地上に降り注いでいた。
                それは博士にとって、何か希望を与えてくれるしるしにも見えた。






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