『 守る べきもの 』



                カテリーナはじっと見つめていた。
                彼女の視線の先には、ベッドの中で眠っているジョージがいた。
                彼女はいる時にはいつもこうして彼が眠るまで物語を聞かせていた。
                カテリーナはそっと髪を撫で、額にキスをすると離れた。
                そして彼を起こさぬように出て行くと、ドアを閉めた。

                階下の居間には夫のジュゼッペがソファに腰掛けていたが、その表情は堅く何かを
                考えているようだった。
                カテリーナは彼のそばにくると、隣に座った。
                しばらく黙っていた2人だったが、ジュゼッペが口を開いた。
                「あいつは何か大きな事を考えている気がする」
                カテリーナは彼を見つめた。
                「・・それもこの世を変えてやろうと思っているような気がしてならないんだ」
                「しかもあの人の後ろには誰かいるわ」
                彼女はこちらを向いたジュゼッペを見た。
                「きっと指示している人物がね」
                「そうかもな・・」
                「それと」彼女は言った。「ちょっと気になる事があるのよ。探ってみようと思う
                の」
                ジュゼッペはうなづいた。
                「気をつけろよ」
                「大丈夫よ」

                デブルスター集団の訓練はさながら軍隊のようだ。
                爆弾や飛び道具はもちろんの事、ロープの縛り方や火の扱い方、そして気配を消し
                て侵入するなど、忍者のような動きをも思わせる。
                そんな彼女らの間を歩き、一人一人の動きを見て指示していたカテリーナはふとあ
                る一点をじっと見た。
                長い金髪を片方に垂らし、コートを羽織って腕組みをして立っている。
                カテリーナが近づくと、その女はふんと笑い、言った。
                「この者達の動きはどうだ」
                「はい、上手くいっております。とても息が合ってまいりました。前より見違える
                ほどでございます」
                女の目は鋭く、蛇を思わせるような冷たい光を放っている。そして何よりも頭脳明
                晰をうかがわせ、全く隙を与えない。
                カテリーナはこの女に目をつけられたら終わりだ、と実感した。
                「よかろう。お前はなかなか良い指揮官だ。カッツェ様も一目置いておられる」
                「ありがとうございます」
                「私も全てに置いてお前に一任している。頼んだぞ」
                「はい」
                金髪の女は背中を向け、部屋を出て行った。カテリーナはそっと彼女の後を追っ
                た。
                女はエレベータで上に上ったが、カテリーナは持ち前の俊足で階段を駆け上がり、
                エレベータを追いかけた。
                女を乗せたエレベータは最上階に止まった。そしてそのまま奥まった部屋へ歩いて
                中へ入った。
                カテリーナはそっと伺い、そしてこう言った。
                「・・・あの部屋は・・・やはりカッツェのー」
                彼女はドアが開いたので身を隠した。
                女はじっとどこかを見ると、不敵な笑みを浮かべた。

                幹部たちはある広間に整列した。カッツェからの招集が掛かり、指示を仰ぐため
                だ。
                カッツェは総裁Xからの指令に基づき、幹部らに的確に指示を出した。
                誰もが彼(ら)に誠実であり、何の疑いもなく命令に従っていた。ので、それぞれ
                の部署へと散り散りになり、これから部下へ伝えるのだ。
                そんな時だ。戻ろうとしたジュゼッペのところにカッツェがやってきた。
                「ジュゼッペ・アサクラ」
                「はい」
                「部下どもの動きに変わりはないだろうな」
                「ええ」
                「もしも、おかしなマネをする者がいたら報告しろ。その時には考えがある」
                「承知してございます」
                カッツェは少し置いてこう続けた。
                「時に・・ジュゼッペよ」
                「は」
                「お前の息子ジョージだが・・いくつになった」
                「・・・あと1週間で5歳になります」
                「そうか。しかし、兵士になるのに幼すぎることはない。もっと小さくとも可能
                だ。今から鍛えれば最強の兵士に育つであろう」
                「・・・・・・」
                「どうした。嫌か?だが、我がギャラクターの血筋に生まれた者がいずれ辿る道
                だ。しかもジョージは2人分の血を受け継いでいる。これ以上の適材はない。」
                カッツェはなおも視線を逸らしているジュゼッペを覗き込むように見た。
                「そうではないか?」
                カッツェはふふと笑った。
                「楽しみだな」
                そしてマントを翻し、その場を立ち去った。
                ジュゼッペは顔を上げ、じっとカッツェの背中を睨むように見つけた。


                台所では何かを煮込んでいるカテリーナがいた。そして彼女の周りではジョージが
                うろうろして懸命に彼女に話しかけている。彼にはカテリーナの作る料理が何だか
                知りたいのだ。
                「ママー、ねー、それなあに?」
                「レンズ豆のスープよ。危ないから近づいちゃダメよ」
                「ねえ、ボクもやりたいー」
                「ええ?」
                ジョージはかき混ぜてみたいのだろうか。きっと何か起きるのかと思っているのか
                もしれない。
                カテリーナはジョージを抱き上げた。
                「あら、ジョージ、随分重たくなったのね。ママ、腕が痛くなっちゃうわ」
                それでも彼女はへらをジョージの小さな手に握らせてやらせてみた。
                「よーくかき混ぜてね」
                カテリーナはやがて火を止めた。
                「はい、おしまい。ジョージのおかげで早く出来上がったわ。それじゃ、お皿を並
                べてちょうだい」
                ジョージは降ろされると、小さなお皿を持ってテーブルの上に並べた。まだ小さい
                ので、軽めのプラ皿しか持たせてくれなかったが、それでもジョージは満足したよ
                うだ。
                そして彼はテーブルの上にあるものをめざとく見つけ、1つつまんだ。
                「こら、ダメよ」
                カテリーナはジョージの頭を軽く叩いた。ジョージは口をもぐもぐさせながら、
                ごまかすように笑った。
                ジュゼッペはさきほどからじっとそんなジョージを見つめていた。
                そして彼のそばにくると、しゃがんで彼を抱きしめた。
                「ジョージ」
                ジョージは突然の事に目をパチパチさせた。
                「パパー、苦しいよー」
                ジョージはもがこうとしたが、ジュゼッペは何も言わず、ずっと抱きしめたまま目
                を閉じて動かない。
                そんな彼の様子を見つめたカテリーナは険しい顔つきになった。
                きっとカッツェがジョージに目をつけてきたのだ。
                彼女はぐっと拳を握った。

                『いずれは”最高幹部”となり、さらに組織の中枢として働く事になる。お前達夫婦に
                与えられた名誉ある勲章だ。お前達には最高の将来が約束されよう』
                (違う!)
                カテリーナは心の中で叫んだ。
                (私たちの望みは、守るものは、そんな名誉とかそんなのじゃない)
                彼女は幼い息子とそれを抱く夫を見つめた。
                恐らく彼も同じ気持ちだろう。
                自分たちが守るべきものは、何者にも替える事の出来ない、大切なこの子だ。
                絶対に守らなくては。
                あいつの思い通りにはいかせない。

                カテリーナは2人をそのままにして台所に戻った。




                                 ー 完 ー







                                  fiction