『  叶わぬ恋 』


                 

                 サーキットを疾走する十数台のレーシングカー。
                 それは爆音を立て、熱狂する観客の前を目にも留まらぬ早さで
                 駆け抜けて行く。

                 先頭を走っていたのはジョーの車だった。
                 ここ1ヶ月もの間、ギャラクターの襲撃や、それ以外でも要人の警護などで
                 (俺たちは警察か、と疑問を投げかけた事もあったが)忙しくして自分の時間
                 など持てなかったので、こうして好きな事に没頭できるのは久しぶりだった。
                 そして走り終えて車から降りた彼は、ふとブラッグを手にして立つ1人の
                 レースクイーンを見た。
                 (・・ん?)
                 彼はここの彼女たちをよく見ていたので誰が担当、というのが解るのだが、
                 ジョーは首を傾げた。
                 (あまり見かけない娘(こ)だな。新入りか?)

                 彼女は最近入ったとみえ、他の前からいるレースクイーンたちとはあまり
                 打ち解けてないようだ。しかし笑顔が可愛らしく、性格は良さそうだ。他の
                 レーサーたちの受けもいい。
                 そんな中、メカニックたちと話をしていたジョーは彼女が1人でいるのを見て
                 彼女に近づいて声を掛けた。
                 「知らなかったよ、最近入ったのか?」
                 彼女は振り向いて特に驚いた様子もなくこう言った。
                 「ええ・・リサ、と言います。まだ慣れないばかりで・・」
                 「仕方ねえさ。始めのうちは誰でもそうだ。・・でも、すごい世界に入って来た
                 もんだな。女どうしって色々大変らしいぜ?」
                 リサはくすくすと笑った。
                 「そうですか?」

                 そんな2人を遠目で見ている人影があった。レースクイーンたちである。
                 やはりというか当然ながらそう言った光景を見るのは面白くない。
                 「まあ、ジョーったら・・私たちには素っ気ないくせに」
                 「そうよ、そうよ。あんな新人にさ」
                 なので彼女達はあのリサという女を監視し、いったいどうしてくれようという
                 感じで伺っていた。
                 やがてリサが1人になると、そっとついて行き、そして取り囲むようにして
                 道を塞いだ。
                 「ちょっと、あなた。顔貸しなさい」
                 「・・何でしょうか?私・・何かしましたか?」
                 リサがそう少しびっくりしたように言うと、1人が声を上げた。
                 「したわ!・・あなた、新入りのくせにジョーに慣れ慣れしいわよ」
                 「そうよ、そうよ!」
                 「生意気よ!」
                 1人が腕を掴んだので、リサは悲鳴を上げた。
                 「痛い!」
                 すると横からスッと手が伸びて来て、その手を掴み、離させた。
                 「おい、何やってんだ」
                 「ジョー・・!」
                 「ひどいわっ、何故この子ばかり構うの!」
                 「私たちの方がずっと前からー」
                 「くだらねえ事で乱暴すんな。俺は君たちの誰だって大事だよ」
                 「・・・あ、あら・・」
                 女たちは突然しおらしくなった。
                 「わかったわ、、もうやめる」
                 「ふふっ、もうジョーったら、それならいいのよ」
                 「じゃあね」
                 レースクイーンたちは先ほどまでと違い、嬉しそうに、しかもリサに対しても
                 愛想良く挨拶して行ってしまった。
                 リサはおじぎをした。
                 「ありがとうございます」
                 「気をつけろよ。特にああいう連中は自尊心が強いからな」
                 ジョーは笑みを浮かべて立ち去った。
                 リサは彼の背中を見つめた。


                 『見つかったか?』
                 『いえ、解りません』
                 『いいか、1人は確実にレーサーをしているとの多くの連中からの情報だ。
                 きっとあの中にいる。早く探り当てて抹殺するのだ』


                 そんなある日の事だ。レーサーの1人が、会場に来る途中で何者かに襲われ、
                 怪我をするという事件が起きた。そしてそれをきっかけに次々と同じような
                 手口で休場するレーサーが後を絶たず、レースそのものの開催の危機に陥った。
                 犯人は全く解らず、真相は闇のままだ。

                 『どれも手応えがないな。忍者隊なら必ず向かってくるハズだ。
                 ヤツの身体能力は並大抵じゃないからな』

                 仕事を終え、会場を後に歩いていたリサに、誰かが近づいて来た。
                 そして羽交い締めにして言った。
                 「来いっ、大人しくしろよ」
                 「離してっ!」
                 「静かにするんだ!」
                 男は彼女の口を抑え、どこかへ引きずり込もうとした。
                 が、誰がか足蹴りをしてきて、男はその衝撃で地面に叩き付けられた。
                 「・・く、くそっ」
                 男は振り向いて立っている長身の男を見上げた。
                 「立てよ、殴ってやる」
                 「・・・このくらいにしてやる」
                 男は立ち上げると同時に姿を消した。
                 ジョーはリサを見た。
                 「大丈夫か?」
                 「はい」
                 「1人じゃ危険だぜ。送るよ」
                 「いいえ、すぐそこに待たせてるの」
                 「そうか。じゃ、お休み」
                 「おやすみなさい」
                 リサはジョーの背中を見つめた。そしてうつむいたが、先ほどの男がやってき
                 た。
                 「とうとう、見つけたな、リサ。あいつがきっとそうだ。忍者隊の1人に違い
                  ない」
                 「・・・・・」
                 「上手くやれよ」
                 男は立ち去ったが、リサは目を閉じてうつむき、いつまでも立ち尽くしていた。


                 カッツェはじっと窓から外を眺めていたが、ノックの音に振り向いて入って来た
                 リサを見た。
                 「・・・カッツェ様・・」
                 「どうした、どうなってる。逐一報告しないか」
                 「・・申し訳ありません。・・あの、忍者隊らしき人物を見つけました。」
                 「本当か?」
                 「・・はい」
                 「でかしたぞ、リサ。お前を見込んだ甲斐があったというものだ。いいか、
                 そいつを常にマークし、頃合いを見て殺すのだ。よいな」


                 怪我で静養していたレーサーたちが復帰し、またレースが行われた。
                 ジョーは相変わらずトップを走っていた。そしてリサはそんな彼をじっと見て
                 いた。
                 彼女は彼を見ている時が一番幸せに感じ、それを心苦しく思っていた。
                 そう、彼女は彼を殺すためにここへ来たのだ。ギャラクターという組織にいる
                 限りカッツェの命令は絶対だ。
                 その日の夜には満月が明るく地を照らしていた。
                 リサは誰もいないレース場の芝に立ち、空を見上げていた。
                 そこへジョーがやってきた。
                 「みな帰ったぜ。どうしたんだ、1人で」
                 「月が綺麗だな、って見ていたの」
                 ジョーは見上げた。
                 「確かに綺麗だな」
                 リサはそっと自分の横に来たジョーの横顔を見つめた。そして何かを握ると、
                 彼のところへ近づこうとしたが、窪みか何かに足を入れたのか、バランスを崩し
                 てふらついてしまった。
                 「あっ」
                 リサはジョーにしがみついてしまい、彼はちょっと驚いた顔をした。
                 顔を上げたリサはその優しげな彼の瞳を見つめ、思わず抱きついてしまった。
                 そして意を決したように手にしていた注射器を構えたが、次の瞬間には遠く離れ
                 た草むらの方へ放り投げた。
                 ジョーは敢えて何も言わず、そのまま彼女を抱きとめていた。
                 2人は月明かりの下、しばらく抱き合った。


                 「まだか、何故早く殺さぬ!」
                 「・・私には出来ません」
                 「何?」
                 「私、彼を愛してしまったの。・・殺すなんて出来ない!」
                 「・・・・むむむ・・・この顛末、どうなるか解っておるな!」
                 「・・はい」
                 「放り込んでおけ。後でじっくり始末してやる」
                 カッツェはマントを翻してその場を離れた。
                 リサは牢の中へ閉じ込められた。彼女は冷たい石牢の中でしばらく目を閉じてい
                 たが、やがて目を開け、呟いた。
                 「・・・ジョー、知り合って短かったけど、楽しかったわ。
                 私はギャラクターの一員として貴方に近づいたの。でも・・貴方を愛してしまっ
                 たから、もう私の役目は終わってしまったわ。
                 さようなら。・・今度、生まれ変わる時は普通の女の子として貴方に会う
                 わ・・」
                 リサはほほ笑むと、目を閉じ、そのまま倒れた。
                 彼女の手からは空の小瓶が床に転がった。


                 コーナーではエンジンの音を響かせて先頭を走るジョーの車があった。
                 彼はちらとフラッグを手に立つレースクイーンを見た。そしてふうとため息を
                 ついた。
                 (・・やめちまったのかな・・)
                 車はスピードを上げてそのまま他のを大きく引き離し、やがてチェッカーフラッ
                 グの前を通り過ぎた。



                                 ー 完 ー









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