『 仮面 



                ”貴方達が羨ましいわ。・・私も・・太陽の下でー”

               ジョーはあの時息絶える直前に遺したマヤの言葉を思い出していた。
               彼女は自分たちを拉致し、攻撃を指示した時とは違い、普通の少女
               の瞳をしていた。
               思えば、彼の周りには色々な女性がいて、彼女達を特にこれといっ
               た思いもなく見て来たが(特にレース場に来ている常連の女性たち
               には少し辟易していたが)、心に残った女性は彼女が初めてだった。

               マヤはギャラクターから抜ける条件で忍者隊を捕える命を受けてい
               た。彼を含め、3人捕えて後で健と甚平がやってきたので結果的に
               忍者隊が揃ったわけだが、逆に追い込まれ、そして逃げる途中で
               カッツェに撃たれてしまった。

               ギャラクターは世界征服の大命のためなら隊員の命すら何とも思っ
               ていない。彼らはみな捨て駒同然なのだ。
               もし、彼女が普通の家庭に生まれて、普通の人間として生活してい
               たのなら、きっと楽しく暮らしていただろう。恋もしていたかもし
               れない。
               ギャラクターはそんな人たちの普通の生活をも奪っているのだ。



               「ジョーの兄貴は大丈夫かねえ・・・」
               ジュンの隣で皿洗いをしていた甚平はそうつぶやいた。
               ジュンもふうとため息をついた。
               「そうね・・・。今日は来そうにないわね・・。」
               「・・・・・。」
               健はじっと視線を落とし、無言で水をすすった。
               「けっこう優しいところあんだなあ。敵なのにさ・・。」
               「ジョーはね、女性に対して優しいし、気持ちが分かるのよ。そ、
               誰かさんと違ってね。」
               ジュンはちらと健を見た。
               「俺はただ・・・。」
               健はキッと顔を上げた。
               「いいか、今日はたまたま助かったからいいものの、ギャラクター
               の手先の女に心を奪われるなんて、科学忍者隊ともあろう者として
               あるまじき事だ。」
               「でも、健。あの時も言っけど、仕方なかったんじゃない。」
               「そうだよ、おいらだってきっと助けたさ。兄貴は少し硬いんだよ。」
               すると健はすっと立ち上がって椅子を戻した。
               「健!」
               「・・・・またな。」
               2人は出て行く健の後ろ姿を見送った。
               「・・・何だい、兄貴ったら。」
               「さ、早く片付けちゃいましょ。」
               「・・お姉ちゃん、いいの?」
               「いいのよ。健だってきっと分かってるわ。・・・私には何となく
               分かるの。あの2人、きっと数時間後には一緒にここに来るわよ。」


               サーキット内では、今日も爆音を響かせながら数台の車が走ってい
               た。
               健は人影がまばらな観客席を見ると、歩き出した。そして立ち止ま
               ると、こう言った。
               「てっきり走っているかと思ったぜ。」
               ジョーは顔も上げずじっと車を見ていた。
               「こうして他の奴らのを見るのも勉強になるからな。ハンドルの捌
               き方とか走りの癖を見るのは面白いもんだぜ。」
               健は隣に腰を下ろした。
               「・・・おめえが何しに来たか分かるぜ。今日の事だろ。」
               「・・・・。」
               2人はしばらくサーキット内の動きを眺めていた。
               「ギャラクターは結局は一般市民だったやつらの集まりに過ぎない。
               それを俺たちは特に疑問を抱く事なく戦っている。」
               「・・・かもな。」
               「もしかしたら、彼女のようにギャラクターを抜けようとししてい
               るやつもいるかもしれない。だが、カッツェは殺した。」
               「秘密がバレるのを恐れてるのかもな。・・そういうやつの逃げる
               先があればいいけど。」
               「・・・・俺は・・彼女がそんなに悪いようには見えなかった。・
               ・・いや、考えたくなかった、というのが正しいかもしれねえな。
               (ふっと笑う)今となっちゃあ、遅いけどな。・・・ギャラクター
               が憎いよ。彼女のように捨てられると思うとさ。」
               健は視線を落とし、再び戻した。
               「・・・お前が羨ましいよ。正直に生きててさ・・。」
               「えっ?」
               「いや、何でもない。ここは冷えていかん。ジョー、少し暖まらな
               いか?」
               「そうだな。俺も同じ事思ってた。」
               「よし、じゃあ行くか。」
               健は立ち上がって同じように立ち上がったジョーを見た。
               「ジュンと甚平が心配してたぞ。」
               「・・ジュンと甚平が?」
               「ああ。」
               「そういえば、今日はまだ顔出してなかったな。手ぶらじゃ泊が付
               かないから何か持って行くとするか。」
               「ええ?・・俺も何か持ってかないとまた何か言われるなあ。」
               「おめえが持って行ったら、余計不審に思うからやめとけ。ツケを
               請求されちまうぜ。」
               「・・おっと、それだけは勘弁だ。」
               2人は笑いながらレース場を後にした。
               爆音と少しの風がいつまでも残った。





                             fiction