『  迷子 』




   
                  人々が行き交う町中、甚平は大きな荷物を抱えて歩いていた。
                  例のごとくジュンに頼まれて買い出しに出ていたのだ。
                  「えーと、パンにバター・・・やっぱ牛乳が重たいよなー。
                   お姉ちゃんってばどうしてこう溜めるのかね。小出しにして
                   くれればいいのに。」
                  甚平はそうブツブツ言いながら歩き続けたが、途中で立ち止まった
                  ものの、また歩き出したが変な表情をした。
                  「・・なんかムズムズするというか・・変な感じだな。」
                  そして彼は足下の違和感を感じて恐る恐る下を見た。
                  「・・・え?」
                  そこには一匹の大きめの雛がいて、目をパチパチさせて見上げていた。
                  なので甚平は思わずこう言った。
                  「・・・あ、あの、君、誰?・・・何でここに?」
                  甚平は羽を動かしてピイピイ鳴いている雛を見て困った顔をした。
                  「えー、親は一体誰だろ・・・。すごく恐ろしいのだったらどうする
                   んだよー。」


                  スナックジュンのカウンター裏ではジュンが鼻歌まじりでお皿を拭いて
                  いた。
                  そしてドアが開いたので顔を上げた。
                  「ただいま・・・」
                  「あら、甚平。お帰り。やけに遅かったじゃない?道草喰ってたでしょ。」
                  「えっ?・・そんな事ないよ。」
                  「そう?それより早く置いてちょうだい。仕込みの時間よ。」
                  「うん・・・」
                  ジュンはさっきから甚平がそわそわしている感じで返事が上の空なので
                  変に思ってカウンターから出た。
                  「もう、甚平ったらー・・・・キャッ、何?」
                  ジュンは甚平の足下を見てじっと見つめた。
                  「あー・・・見つかっちゃった・・」
                  「どういう事?何連れて来ちゃったの?この子、どこの子?」
                  「・・知らないよー。」

                  やがて健と竜がやってきた。
                  そして2人はふと棚の上でピイピイ鳴いている雛を見つけてえ?という
                  顔をした。
                  「ん?どうしたんだ?あれ。」
                  「おっ、雛じゃんか。そっかー、大きくなったら食うっという魂胆じゃ
                   な。でも・・・大人になるまで待てんぞい。」
                  「もうっ、竜のバカ!食う事ばっかなんだから。可哀想じゃんか、絶対
                   食べないからね!」
                  「それは構わないが・・・何の雛だが分からないじゃなあ。」
                  「健、構うか構わないかは私が決めるの!」
                  「まあまあ。」

                  そこへジョーが入って来たが、入るなりこう言った。
                  「おい、何だよ。店の前に何かの羽根がーうわっ」
                  ジョーは棚の上にいた雛が頭の上に飛び降りて来たので一瞬驚いたが、
                  むんずと雛を捕まえて離した。
                  「・・・何だ、こいつは。おい、俺の頭は巣じゃねえよ。」
                  ジョーは雛を椅子に乗せた。雛はバタバタと羽根を動かしている。
                  「きっと髪が茶色いから間違えたのね。」
                  ジュンはくすっと笑った。
                  ジョーは隣に腰掛けた。
                  「おい、どうしたよ。食糧にすんのか?」
                  「もう、ジョーの兄貴まで!違うよ、付いて来ちゃったから仕方なく
                   連れて来たんだよ。」
                  「・・でも、甚平。大きくなるまでここに置いとくつもり?ここは
                   お店なのよ。生き物は飼えないわ。どこかへ持ってってよ。」
                  「お姉ちゃーん、オイラ責任持つからさー、飼っていいでしょ?
                   放っておいたら死んじゃうかもよ?ね?ね?」
                  甚平は懸命に訴えるような目でジュンを見上げた。
                  ジュンはため息をついた。
                  「・・もう・・仕方ないわね。」


                  それから甚平は毎日ジュンの嫌がるのを尻目に虫とかを捕まえて来ては
                  雛に与えていた。
                  そして時々やってくる健たちもそんな甚平の様子を見てちょっと感心して
                  いた。
                  「甚平の奴、すっかり親気取りだな。」
                  「どこの雛だか分からねえのに。親が探してんじゃねえのか?」
                  「すげー恐ろしいのだったらどうすんべ。」
                  するとジュン。
                  「あーら、その時は戦ったらどうよ?貴方たち、野蛮な鳥だし。」
                  「・・野蛮は余計だっ」
                  「でも、白鳥だって野蛮じゃんか。」甚平が口を出した。「人を追い回して
                   突いてさ。その点、ツバメは何もしないもんねー。」
                  甚平は皿が飛んで来たのでひょいっと避けた。
                  「ほらね。」


                  雛はすっかり大きくなった。そしてカルガモだと判明した。それならばやはり
                  野生に返さなければならない。
                  カルガモは大人になったが相変わらず甚平の後をちょこちょこ付いてお客さん
                  の笑みを招いていた。
                  なので甚平は寂しくなったが、お別れしようと決心した。

                  5人は少し離れた湿地の近くにやってきた。
                  そこには沼地があり、数匹のカルガモがくつろいでいる
                  甚平は連れて来たカルガモを急かした。なかなか動こうとしなかったカルガモ
                  だったが、仲間だと認識したのか、沼地のほうへ歩いて行った。
                  どうなるかと思った彼らだったが、カルガモはすんなり仲間入りできたよう
                  だ。
                  そしてしばらく見守っていた5人は背を向けて歩き出した。

                  「仲良くしてそうかなあ。」
                  「大丈夫よ、野蛮そうに見えないから。」
                  「・・まだ言ってる。」
                  彼らの会話に間が出来たとき、後ろの方で何かの鳴き声が聞こえた。
                  5人は立ち止まらずにそのままゆっくり歩いた。
                  「・・・まさか。」
                  そして振り向いた。
                  そこにはあのカルガモと仲間たちが列をなしてじっと見上げているのが見え、
                  彼らは思わず駆け出した。
                  しかし、カルガモたちも走り出して、彼らを追いかけた。
                  ので、通りかかった人たちは何事かと見て、そしてくすくす笑った。
                  「・・くそう、何でこんな事にー。元はと言えば甚平が。」
                  「そうよ!帰ったらお店のお掃除よ!」
                  「そんなあ〜。」

                  それからこのカルガモたちはお店に居着く事になったかは定かでない・・。
                  確実なのは、しばらく健たちがお店に来る事が減ったかもしれないという事
                  である。







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