『 淡い恋
心 』
町中をジュンと甚平の2人が荷物を抱えて歩いていた。
とは言っても、主に大きな包みを持っているのは甚平で
ジュンは小さな小包を抱えてリンゴをかじっていた。
「お姉ちゃ〜ん、交代してよ。もう持てないよ〜」
「何言ってんの、甚平。男の子なんだから文句言わない
のよ。それくらい持てなくてどうするの。」
「もうっ、お姉ちゃんはすぐそればっかり。」
「さ、あとお酒を買うだけだから、ね。」
ジュンはさっさと歩いて行きそうになったので甚平は慌て
て駆け出した。
「待ってくれよ、お姉ちゃんってば。」
しかし甚平の抱えていた包みは重たくて、彼はバランスを
崩してちょっとよろけてしまった。
「あっ、いけねえ。」
中に入っていた缶詰がころころ・・と転がって行ってしまっ
た。甚平は追いかけようとしたが、荷物が重たくてゆっくり
しか行けない。
「うわあ、誰か取ってくれー」
すると目の前にいた少女の手が伸びて缶詰を拾い上げた。
「ああ、助かった〜。ありがー」
顔を上げて彼女を見た甚平はまるで雷に打たれたかのように
固まってしまった。
少女は微笑んだ。
「はい、どうぞ。」
「あ、あ、ああ、あ・ありがとう・・・」
甚平が何か言わなきゃと思っていると、少女は行ってしまった。
そしてそこにいた女性と歩き出した。母親だろうか。
「・・・そうか・・ママと一緒だったのか・・」
甚平はとぼとぼと歩き出した。
そしてスナックジュンに戻った彼は荷物をカウンターに置いた。
「あらやだ、甚平。どこ行ってたのよ。探したのよ、急にいなく
なるから。」
「・・ごめん、お姉ちゃん。」
「少ししたら降りてきてよ。仕込みしなくちゃ。」
「うん。」
甚平はぼうっとした表情で自室のある2階へ上がったが、ジュン
は特に気に留める様子もなく買ってきた物を並べだした。
「・・・・あの子、どこの子かなあ。この町に住んでいるのかな
あ。・・あ〜あ、名前訊くんだった・・」
そして窓から外を眺めた。
「優しそうなママだったしなあ。きっとあの子も優しい子だろう
なあ。」
そして盛大にため息をついた。
それから数日経った。
店に戻る甚平は歩きながら独り言を言った。
「う〜ん、もう少しで点が入るところだったのになあ。また相手
チームにコテンパンにやられちまったよ。」
甚平は近所の少年たちと野球をして遊ぶのがこの頃の日課になっ
ていた。
お店の手伝いをなるべくして欲しいと思っているジュンではあっ
たが、年頃だし遊び盛りだからと最近は目をつむっていた。
ふと甚平は足を止めた。あの少女が立っている。
「あ。」
「・・・こんにちは。」
「・・こ、こんにちは・・あ、あの、また会ったね。」
「うん。」
「こ、ここの人・・?」
「うん。」
「へえ、そうなの・・あ、オイラ・・じゃない、ボク、甚平。」
「ルカよ。」
「ルカちゃん・・可愛い名前だな・・・」
「ただいまー」
ジュンは顔を上げて入ってきた甚平を見た。
「ちょうど良かったわ、野菜洗うの手伝ってよ。」
「いいよー、オイラ得意だもんね。」
「あら、珍しい。やけに素直なのね。何かいい事あったの?」
「ふふーん、お姉ちゃんには関係ないよー。」
「・・甚平。さてはまた女の子をー」
「さ、お姉ちゃん、やろうよ。どれだい?洗うのって。」
「・・・・・。」
ジュンはスナックジュンにいつものようにやってきた健、ジョー
そして竜の3人に甚平の事を話した。
「そうか。好きな女の子が。」
「あいつもなかなかやるじゃねえか。もう子供扱いするわけに
は行かねえな。」
「ちぇ、甚平の奴うまくやりおって。オラなんかだーれもいない
っつうのに。」
「・・でも心配なのよ。」
「分かってる。あのマリアって子の事もあるしな。」
健はそう言ってコップを置いた。
「あいつもバカじゃないさ。あの件で懲りたはずだ。」
「・・だといいんだけど・・」
かつて甚平は世界的大富豪の娘であるマリアに恋心を抱いたが、
ギャラクターとの戦いに巻き込まれ、泣く泣くお分かれする事
になった。彼ら科学忍者隊は任務がある限り普通の若者のよう
に自由に恋をするなど出来ないのだ。
それからというもの、甚平はちょくちょく少女と落ち合う約束
をして出かけるようになった。
そんな彼がジュンはとても心配だったが、健たちの言う通り、
そっとしておこうと思った。なるべく傷つかない方へうまく
行くといいのだけど・・。でもそれは甚平の失恋を意味する。
そんな事を思ってしまう自分たちの立場を恨めしく思った。
「えっ引っ越し・・」
「うん・・・」
ルカは甚平の前でモジモジ手を動かしていた。
「・・パパのお仕事の都合で・・行かなくちゃいけなくなった
の・・」
「・・そう・・」
「・・ごめんね。」
「ううん・・・仕方ないね。」
「楽しかったわ、甚平くん。一緒に遊んでくれてありがとう。」
甚平はいったんうつむいたが、キッと顔を上げて努めて笑顔を
作った。
「ボクも楽しかったよ。また会えるといいね。」
「うん。じゃあ、甚平くん。もう行かなくちゃ。お手紙書くね。」
「うん、ボクも書くよ、きっとね。いや、絶対。」
少女は手を振って行ってしまった。
甚平は少女の姿が見えなくなるまでずっと立っていた。
カウンターで皿を洗う甚平は平静を保っているように見えた。
それを見ていたジュンや健たちは顔を見合わせた。
「甚平。」
甚平は顔を上げてにこっと笑った。
「大丈夫だよ、この前みたいにヘマやらなかったろ?オイラ成長
したからね。手紙くれるって言ってたからね。きっと向こうでの
楽しい話してくれるさ。」
「そうだな。」
「・・・手紙、ずっとくれるかな・・・もし・・・」
甚平の手が止まり、スーッと涙が一筋流れた。ジュンはそっと彼
の頭に手をやった。
「馬鹿ね、そんな事考えないの。」
「お姉ちゃん・・」
ジュンは抱きついてきた甚平を優しく抱きしめた。
健とジョーは顔を見合わせた。そして彼らは思った。
早くギャラクターに脅かされる事から解放されて、普通の人間ら
しい生活が出来るようになる日が来るといいのに。
そのためには自分たちが奴らの野望を打ち砕かねば。
彼らは改めて心に強く誓った。