『 手紙 』
ジョージはある建物の近くに来ると窓から覗き込んだ。後ろ姿では
あったが、一人の同じ位の歳の男の子が机に向かって何か書いてい
た。
彼がコンコンと窓を叩くと、その男の子は振り向いて一瞬嬉しそ
うな表情をしてすぐに真面目な顔になった。
そして家の様子をうかがうように静かに歩いて来て窓を開けた。
「アラン、何してるの。約束の時間だよ。」
「ごめーん、ジョージ。実は、家庭教師が来る事になってさ・・・
勉強しなくちゃいけないだ。」
「勉強?何で?昨日はそんな事言ってなかったじゃないか。」
「うん・・・」
アランは何だか言い難そうにもじもじ指を動かした。
「・・・お母さんがいつまでも遊んでばかりいるとろくな人間にな
れないからって。それで先生を呼んで勉強しろって。」
ジョージは明らかに不機嫌な顔だ。アランはそれを感じ取ってそっ
と彼を見つめた。
「だから・・ごめんね。今日は遊べなくなったんだ。・・・今度は
遊ぼう。だからー」
しかしジョージは踵を返して行ってしまった。
アランは彼の後ろ姿が見えなくなるまで寂しそうに見つめた。
大きな木のある広い草原に来るとジョージは叫んだ。
「何だよ、アランのバカ!もう知らない!」
そして石を蹴り、それが木の幹に当たって跳ね返って来ると、彼は
それをキャッチした。
ジョージは今度は木の葉に当て、それを落とした。彼はそれを見て
次々と石を投げては葉を落として行った。正確には枝ごと折って落
としていた。
彼は時間の経つのも忘れて熱中していたが、ふいに背後で拍手が聞
こえ、声がした。
「お見事だね。」
「・・・?」
ジョージは振り返った。一人の青年が塀に腰掛けている。
「やあ、こんにちは、おチビちゃん。」
「・・・・・。」
ジョージはむっとした。
「何してんだい、一人で。」
「・・・別に。」
「もう一人の子はいないのかい?おチビちゃん一人じゃ危ないよ。」
「チビじゃないよ!」
「チビじゃんか。」
「僕はジョージってんだ、覚えとけ!」
ジョージは駆け出して行ってしまった。青年はため息をついて立ち
上がった。
「やれやれ。」
露天の並ぶ通りに出たジョージはプンプン怒りながら歩いた。
「ちぇっ、何だい、変なヤツ。」
そんな彼は店先にならぶ、色とりどりのフルーツを眺めた。赤や黄、
緑とどれも新鮮で美味しそうな香りが漂っていた。そして眩しい太
陽の光を浴び、キラキラ輝いていた。
なのでジョージは見ているうちに食べたくなった。
「・・お腹空いたな。」
ジョージは我慢できず、一つ掴んで齧った。
それはとても瑞々しく、ちょうど喉が渇いていたので彼は店の物だ
というのを忘れて食べ始めてしまった。
店の人がそれを見逃すわけはない。太った男性は店先で商品を食べ
ている子供を見て飛び出して来た。
「こらっ!この糞ガキ!!」
ジョージはびっくりして食べかけのフルーツを投げ出し、逃げよう
としたが、男性に襟足を掴まれてしまった。
「逃がさん!勝手にーあっ、お前は、ジュゼッペとこのガキじゃね
えか。・・・・ふふーん、親が悪けりゃ子も悪いってまさしくこの
事だな。」
「・・・・・・!」
ジョージは男性の足を思いっきり踏んづけた。
「いいっ!」
「パパの悪口を言うな!」
その隙に逃げようとしたジョージだが、掴まれて強く叩かれた。
「うわあっ」
ジョージは地面に倒れ、男性は更に彼を掴んだ。しかし他の店の人
が止めに入った。
「まあまあ、トム。相手は子供だ、乱暴はよせ。」
「うるさいっ。知らんのか?こいつの親の事を。悪い組織に入って
良からぬ事をしているという噂だ。きっとこのガキも今にどんでも
ない事をやらかすぞ。」
トムと呼ばれた男性はジョージを見下ろした。
「このガキ、突き出してやる。」
すると、石が飛んで来て、男性の腕にヒットした。
「いてっ」
男性はジョージを離し、と同時に例の青年が掛けて来て、ジョージ
の腕を持って立たせた。
「子供相手に酷いな。お前こそ悪人だ。・・・さ、おいで。」
青年はジョージと共に駆け出した。店の主人は追いかけようとして
立ち止まった。
「・・・あ、あれはー」
青年を見た男性は何も言えなくなっていた。
青年は誰も追ってこない事を知ると、ゆっくりと歩き出した。
そして木陰に座らせた。
「大丈夫かい?それにしても偉いね、泣かないで。」
「・・・・慣れてる。」
「・・・・・・。」
青年はちょっと悲しそうな顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「良かったら、お兄ちゃんが遊んであげるよ、おチビちゃん。」
「・・・ジョージだってば!」
青年は笑った。
それから彼らは時間が経つのも忘れ、ずっと遊んでいた。やがて夕
方になり、彼らは別れた。
家に帰ったジョージは、顔の痣について母親に聞かれたが、転んだ
とウソを言ってごまかした。
こんなに優しい親が悪い事しているわけない。
ジョージは親の噂など気にしないようにしていた。
そんなある日の事。青年はジョージをじっと見つめ、こう話した。
「今度、引っ越す事になったんだ。」
「・・・えっ」
「なのでおチビちゃんともお別れだ。元気でな。楽しかったよ。」
「・・・・・・」
「悲しくなるから、もう行くね。」
彼がそう言って背中を向けると、ジョージは彼に抱きついた。
「やだっ!行かないで!」
そして泣き出した。
「・・・・」
青年はジョージに向き直って頭を撫でた。
そして彼らはしばらくそうしていた。
数日後、ジョージ宛に1通の手紙が届いた。
彼は開けて中を読んだ。
『おチビちゃん、元気かい?』
「・・・・チビじゃないってば!」
『僕はローマに来ています。言い忘れたけど、僕の父は外交官で
こうしてしょっちゅう引っ越してばかりいるんだ。だから、友達
も出来なくていつも寂しかった。でも、おチビちゃんに会えたか
ら嬉しかった。楽しかったよ。いい子にしているかい?お父さん
とお母さんに心配掛けちゃダメだよ。
じゃあね。また手紙書くよ。
さようなら。
おチビのジョージへ 』
「・・・なーんだ、分かってんじゃない。」
ジョージは手紙を何度も読んで、窓から外を眺めた。
彼と遊んだ事を思い出してちょっと寂しくなった。
「ご飯よー」
下から母親の声がした。
「はーい」
ジョージは手紙をしまってベッドから降りると、部屋を出てトン
トン、と階段を駆け下りて行った。