『 最後の贈り物 』



                  健はとある部屋の前に来ると、ノックをした。
                  「入りたまえ。」
                  中から南部博士の声がした。
                  健はドアを開け、足を踏み入れた。
                  「呼び立てて申し訳なかった。せっかく解放されてのんびりしてたのに。」
                  「いえ、博士こそ、俺の事まだ思っててくださって嬉しいですよ。」
                  「あれからまだ2、3週間しか立っていないのにずうと昔のように感じる
                  な。ギャラクターが壊滅してすっかり気持ちが抜けてしまったような気が
                  してね。不思議なものだ。」
                  「実は・・俺もなんです。平和になった今、こんなにのんびりしてていい
                  のだろうか。何かしなくていいのだろうか、と常にあります。もう戦わな
                  くていい筈なのに、つい考えてしまう。それに・・」
                  健はうつむいた。
                  「ジョーがいないというのはまだ信じられません。どこかで生きていて元
                  気にやっているんじゃないかって・・・。」
                  博士は健を寂しげに見つめた。そして懐かしそうに言った。
                  「長くはいられなかったが、君たち2人と過ごした数年間は実に思い出深
                  いよ。良く喧嘩もしたが、君たちは一旦心を合わせると大変な力を発揮し
                  てよくいたずらしたり気に入らない家庭教師が来ると追っ払ったりともう
                  手の付けられないほどだった。」
                  健は微かに笑った。
                  「健、実はジョーは生前、レースの賞金を孤児院に寄付してた事が分かっ
                  てね。彼が直前に優勝した時の賞金が届けられたんだが・・・。ジョーの
                  代わりに届けてやって欲しい。そこの子供達は、きっとジョーがいない事
                  を知らないだろう。辛いだろうが、事実を話して来てくれないか。酷だが
                  いずれは知ってしまう事だ。」
                  健はまっすぐ博士を見た。
                  「・・分かりました。きっと寂しがるでしょうね・・。でも知らなかった
                  な。あいつがそんな事してたなんて。」
                  「私も知らなかったよ。賞金の使い道などは本人に任せていたからね。」
                  「それでは行って参ります。きっとあいつが来るのを楽しみにしているで
                  しょうから。」
                  「ん。よろしく頼む。」
                  健はお辞儀をして部屋を出た。

                  孤児院は郊外の林の奥にあった。
                  健はセスナを少し離れた木々の近くに停め、ストンと降りた。
                  その孤児院は赤い屋根に時計台がついていて、とても可愛らしい建物だっ
                  た。庭にはブランコや砂場、ジャングルジムなどがあって子供達が楽しく
                  遊ぶ姿が目に浮かんで、健は思わず微笑んだ。
                  中へ入ると、子供達の声が聞こえた。そしてその中の2、3人が彼の姿を
                  見て駆け寄って来た。
                  「お兄ちゃん、何処の人?」
                  「ああ、ごめん。こんにちは、大人の人はいるかな?」
                  「うん、呼んで来る。」
                  一人は行ってしまい、残った子供が健を見上げた。
                  「いつものお兄ちゃんじゃないね。」
                  健はジョーの事か、と思った。
                  「ああ、僕はそのお兄ちゃんのお友達だよ。代わりに来たんだ。」
                  そこへ初老の男性がやってきた。
                  「お客さんと言うのは貴方ですか。」
                  「突然すみません。鷲尾健と言います。いつもこちらに来ていたと言う
                  ジョーの友人です。」
                  「ああ、そうですか。それはどうもご丁寧に・・」
                  健は男性に封筒を渡した。
                  「これは、彼が持ってくる筈だった寄付金です。どうぞ、お持ちくださ
                  い。」
                  男性は受け取ったが、怪訝な顔をした。
                  「・・あの、彼はどうしたのですか?」
                  「・・・・・。」
                  健はうつむいたが、意を決して口を開いた。
                  「彼は・・先の異変で犠牲となりました。これは彼からの最後の贈り物
                  です。」
                  「そうですか・・・」
                  「ねえねえ、お兄ちゃんはどうしたの?何故来ないの?」
                  男性は子供達に話そうとしたがうなだれてしまった。健はそんな彼の肩
                  を軽く叩き、代わりに話した。
                  「お兄ちゃんは天国へ行ったんだ。」
                  「・・本当?どうして?」
                  「みんなも知ってるとおり、悪い大人達が人々を殺したり建物を壊した    
                  りしてたろう?あの時に・・死んでしまったんだ。でも彼は勇敢だった
                  よ。最後まで戦った。そしておかげでやつらは全滅した。」
                  子供達はみな泣きそうな顔をしていたが、気丈にも堪えているようだっ
                  た。健はかえって胸が痛くなった。きっとこの子達は人の死に慣れてし
                  まっているのだろう。
                  「きっと今頃は天使になって、空からみんなの事、見ていると思うよ。
                  だから、みんな仲良く元気でいるんだ。」
                  「うん。」
                  健は子供達を見渡し、この子達が何事もなく大きく育って行く事を願わ
                  ずにいられなかった。
                  そう、彼が命と引き換えに守ったこの平和が永遠に続くように、残され
                  た自分たちが立ち上がらなくてはならないのだ。

                  健は子供達と別れ、外に出た。そして屈託のない子供達の笑顔を思い出
                  し、思わず微笑んだ。彼らのその笑顔を再び奪う事になってはならない。
                  (知らなかったよ、お前は子供達に人気者だったんだな。そう言えば、
                  お前は子供好きだったな。・・・お前ならいい父親になれたのに。残念
                  だよ・・)
                  健は目を閉じた。
                  (それにしても・・・)
                  健は自分の言った台詞を思い出した。
                  (ジョーが天使になったって?あいつはどう見ても天使って柄じゃない
                  な。)
                  健は吹き出したが、突然後頭部を殴られたような衝撃を受け、思わず辺
                  りを見渡した。
                  (・・・何だ、今の。・・・まあいいか)
                  セスナに近づくと、さっと風が吹いて来て、ふわりと何かが飛んで来た。
                  地面に落ちたそれを見た健ははっとして拾った。羽根だった。
                  しかし健はそれを手にして頭を振った。
                  (どうかしてる、ただの羽根じゃないか。)
                  空を見上げると、大きな鳥が優雅に弧を描いて飛んでいた。そしてしば
                  らくしてはるか遠くへ去って行った。
                  (・・・・さようなら。また会おう。)

                  健を乗せたセスナはその鳥とは逆の方向へ飛んで行った。




                                     fiction