『 甚平の プレゼント 』




                 「よいしょっと・・おっとっと・・・」
                 街の通りで大きな紙袋を抱えた甚平がよたよたと歩いていた。彼の背丈ではなか
                 なか前がよく見えない。買い物帰りなのか、果物や調味料でいっぱいだ。
                 「あー、やれやれ。ちょっと買い過ぎじゃないのかなあ。ったくお姉ちゃんって
                 ばいつもおいらに押し付けてさー。たまには持って欲しいよ、もう」
                 そして角に差し掛かった時だ。甚平はふと向かいの角に目をやって立ち止まっ
                 た。
                 年頃は同じくらいの男の子だろうか、懸命に車椅子を動かしている。
                 どうやら上に上がりたいようだが、段差が邪魔をして動かない。
                 「あのままじゃ、ひっくり返っちゃうぞ」
                 甚平は車の来ないのを確認すると、そこへ走って行った。そして荷物を置くと、
                 車椅子を押した。
                 「もう少しだ、頑張れっ」
                 「・・えっ、君は誰?」
                 「そんなの後、後!ほら行くよ」
                 「う、うん」
                 甚平はググッと押し上げ、ようやく上に上がることができた。
                 「あー、やれやれ・・結構重たいもんだなあ」
                 「どうもありがとう。」
                 「いいんだよ、困った時はお互い様さ。じゃ、おいら帰る途中だから。」
                 「うん、さようなら」
                 甚平は荷物を持って歩き出した。
                 「ちょっと遅くなったかなあ」
                 店に戻ると、ジュンがカウンターでお皿を拭いていた。
                 「おかえり、甚平。遅かったのね」
                 「へえー、珍しいこともあるもんだなあ。お姉ちゃんがお皿洗ってら」
                 「まあ、私だってこれくらいできるわよ。」
                 「そうだね、料理できないんだから、これくらいは出来なきゃねー」
                 ジュンはお皿を置いて甚平を睨むように見た。
                 「言ったわね!」
                 「へへーんだ」
                 甚平は荷物を置くと、階段を上っていった。
                 「甚平ったら、手伝ってよ」
                 「すぐ行くよ」
                 甚平は自室のベッドに懐に忍ばせていた1冊の雑誌を出してポンっと置いた。
                 それは、外国の珍しい車が表紙の雑誌だった。実は少ないお小遣いで買ったのだ
                 が、ジュンに贅沢だ、と言われるのがオチなので、隠してきたのだ。
                 「おいらも大人になったらこんな車をぶっ飛ばしてみたいもんだなあ。その前に
                 ジョーの兄貴に教えてもらわなくちゃな。」
                 ページをパラパラとめくっていた甚平は手を止めた。
                 「へえ、すげえや」
                 そこには、未来の電動車椅子のことが載っていたのだ。リモコンというものが
                 あって、ボタンひとつで左右前後に動くという仕組みだ。どんな段差でも楽に上
                 がれるという。
                 「ふーん、これで操作するのか。リモートコントロール・・・難しいなあ。なん
                 だか魔法みたいだなあ。」
                 そして甚平はあの車椅子の男の子を思い浮かべた。
                 あの子、動かすのにだいぶ苦労してたっけ。これがあれば何処へでも楽に行ける
                 んだなあ。
                 「甚平〜」
                 「はいはい」
                 甚平は本を閉じて階下へ向かった。


                 ある日の昼下がり。甚平はいつも遊んでいる広場へ向かっていた。
                 今日は店は休みだ。いつもジュンにこき使われて身を粉にして働いているのだか
                 らたまの休みくらい思いっきり遊びだい。ジュンだって大好きな音楽に好きなだ
                 け興じることができるのだから。
                 そんなことを考えながら小走りに駆けていた甚平の耳に突然怒鳴り声が聞こえて
                 きた。
                 「また来たのかよ!出ていけよ!邪魔だって言ったろ!」
                 みると、少し年上の少年が叫んでいる。相手は、あの車椅子の男の子だ。
                 「病気がうつったらどうするんだ、来るな」
                 「そうだよ、家から出んなよ、お前なんか生きてたって意味がないんだよ」
                 少年たちは、足で車椅子を蹴ったり石を投げつけた。
                 甚平はぐっと握りこぶしを震わせた。そして次の瞬間には飛び出していた。
                 「やめろ!」
                 そして少年たちに次々とパンチを食らわした。
                 「・・な、なんだよ」
                 「卑怯だぞ、相手は一人だ。2人でかかるなんて。しかもこの子は動けないん
                 だ」
                 「だからだよ、今のうちに退治してんだ。こんなやつ、人間じゃないもんな」
                 「うるせえや!」
                 甚平が叫んだので、2人は驚いた。
                 「おいらに言わせれば、お前らの方が人間じゃねえや!人間の形をした悪魔だ!
                 どうせ自分より強い相手には何も言えねえんだろ!卑怯者!」
                 「・・・・」
                 「悪魔め、退散しろってんだ!」
                 2人は何も言わず、行ってしまった。男の子は甚平を見上げた。
                 「この前の・・」
                 「うん、また会ったね」
                 「ありがとう、前にも言われたことがあったんだ」
                 「そうなの。あんなに酷い奴がいたなんて知らなかったなあ。ああ、そうだ、お
                 いら、甚平っていうんだ」
                 「甚平・・?僕は、ハリー」
                 「ハリーか。どこ行くの?一緒にいてやるよ、またあんな奴が来たら大変だから
                 ね」
                 「強いんだね」
                 「へへん、うちにはもーっと怖いお姉ちゃんがいるからねー、あんなもんじゃな
                 いよ、ほんと」

                 「・・ハックション!」
                 ジュンは思わずハンカチで鼻を押さえた。
                 健は顔を上げてジュンを見た。
                 「どうした、風邪でもひいたか?」
                 「・・そうじゃないと思うけど・・」
                 ジュンはちょっとばかり喜んだ。あの健が聞いてくれのだ。きっと心配してくれ
                 たに違いない。
                 「気をつけてくれよ、今大事な時なんだ。バイト先でメンバーが足りなくてね、
                 そいつの分まで働かなくちゃいけないんだ」
                 「・・・・あ、そう」
                 ジュンは明らかに怒っている顔だ。
                 ジョーはこう言った。
                 「そういや、甚平の姿がないな」
                 「また遊びに行っちゃったのよ。店が休みだとすぐこれよ」
                 「だけどジュンはこれで少しはのんびりできるんじゃねえか?」
                 「そうだけど・・甚平がいないとちょっと寂しいわねえ」
                 健とジョーは顔を見合わせた。


                 「ところで・・君はどうして車椅子なの?事故でもあったのかい?・・あ、話に
                 くかったらいいよ」
                 甚平は男の子の横を歩きながら話しかけた。そしてこう言って正しかったのか不
                 安だった。が、ハリーは特に気にしない様子でこう話した。
                 「僕・・生まれつき歩けないんだ。お母さんが言うには・・生まれてくるときに
                 足がもう動けない状態だったんだって」
                 「・・そう・・」
                 「でもね、僕はこんなもんだと思ってるから、なんとも思ってないよ。よく近所
                 のおばさんとかがかわいそうとか、不幸だとか言うけど、僕はちっとも不幸だと
                 は思ったことないよ。だって、ママもパパも優しいし、友達もたくさんいる。幸
                 せだよ」
                 「そうなんだ・・よかった」
                 甚平は思わず喜んだ。ハリーはとても明るい。こんなに元気だ。他人から見たら
                 不幸に映るかもしれないが、それはその人の思い寄狩りというか、たまたま健康
                 で生まれた者のエゴなんだ。思い上がりもいいとこだ。
                 そう、こうして生まれなかったけど、今後は事故や病気で障害を持つことだって
                 ある。人生何があるかわからない。
                 だから今のこの時間を感謝して大切にして生きていかなくちゃ。


                 「それでその子に手紙を?」
                 「うん、その子のうちにおいらが手紙を書いて送って、読んでもらうことにした
                 んだ。ここの住所は教えられないから一方通行になるけど」
                 甚平は手紙を書き終えると、こう言った。
                 「おいら、大きくなってお金を稼いだら、電動車椅子をプレゼントしようと思う
                 んだ」
                 「そんなのあるのか?」
                 「ああ、雑誌に載ってたわね、甚平?」
                 「えっ」
                 ジュンは怒ってるふりをして、もうっという風に笑った。
                 「なんだ・・見つかっちゃったのか」
                 「高いんじゃねえのか?お前に買えるかな」
                 「買うよ!決めたもん。だって、友達だもんね。じゃ、手紙出してくるね」
                 甚平はぴょんと丸椅子から飛び降りて、外へ出て行った。
                 そんな彼の様子を4人は見守った。
                 「あいつもずいぶん大人になったな」
                 「きっと電動車椅子をプレゼントした時は立派な大人になっているわね、甚平た
                 ち」
                 そしてまた再び彼らはおしゃべりをしたりコーヒーを口にしていつもの光景に
                 戻った。







                                ー 完 ー







                                fiction