『 夢の
中へ 』
『おい、甚平、起きろ』
「ん・・・・・」甚平は目をこすり、声のするほうを見た。「・・・え、
あ?・・・あれえ、ジョー、何だい?まだ夜だぜ・・・・・(あくびをす
る)どうしたの。」
『甚平、いいから。お前に伝えなきゃいけない事があったんだ。』
「・・えっ、今から?」
『時間がねえんだ。』
「わかったよ・・。ねえ、それにしてもジョー、どっか行っちゃったのか
と思ったよ。そうだよな、行っちゃうわけないよな。オイラたちといつも
一緒だったんもんね。」
甚平がそう言って笑うと、ジョーも微かに微笑んだ。
甚平はシャツを羽織るとひょういっと飛び降りた。
「で、何すんの?」
ジョーは甚平に紙を渡した。
『前にお前が知りたいと言っていた氷菓子のレシピだ。遅くなってすまな
かったな。』
「そっか、そんな事言ってたっけ。ありがとう。覚えててくれたんだね。
今度作るからジョーの兄貴も来てよ。」
『ああ。』
甚平はその紙に目を通した。
「そっか、エスプレッソを作っておけばいいんだね。それでさー」
甚平は顔を上げたが、ジョーの姿はなかった。
「・・・ジョー?」
甚平は目を覚ました。
「・・・あれ?」
そして起き上がったがそこは自分のベッドの上で、天窓からの風でカーテ
ンがゆらゆら揺れていた。
「・・・おかしいなあ・・・夢だったのかな・・・」
下の店では、カウンターの上を台拭きで綺麗にしているジュンの姿があっ
た。彼女はそれが終わると水で洗い、やれやれと伸びをした。
「さてと、これでおしまい。私も寝なきゃ。」
『・・ジュン』
「え?」ジュンは入り口近くを見て目を見張った。「・・・・
ジョー・・?・・・え?」
口をつぐんで立ち尽くしているジュンをよそにジョーは彼女のところへ歩
いてきた。
『そんな顔すんなよ。言いたいことはあるだろうが、手短に済ませてもら
うぜ。』
「・・・済ます?」
『料理のひとつくらいできなきゃ、健と一緒になれねえだろ。だから、今
から教えるから覚えろよ。』
「あ・・・でも、片付けちゃったわ。」
『悪いが、時間がねえんだ・・』
「わかったわ。何作るの?」
『イカのオーブン焼きだ。それならジュンにもできると思ってな。』
「そうね、焼けばいいのね。」
『衣にパセリやオレガノを混ぜて下味をつけたイカにまぶすんだ。オリー
ブオイルも忘れるなよ。』
「ええ、この書いてあるとおりにすればいいのね。これなら私にもできそ
う。ありがとう。」
『・・・これくらいしかしてやれなくてごめんな。・・幸せになれよ。』
「やだ、ジョーったら。まだー」
ジュンははっとした。ジョーの姿がなかったからだ。
「・・・ジョー・・・・やだわ、私ったら・・。ジョーが来るはずない
じゃない・・。」
ジュンはうつむいた。
海辺はとても穏やかだった。近くのヨットハーバーのとある建物の中で
は、いびきをかいて寝ている竜がいた。窓は開いていたが、そんなことは
お構いなしのようだ。
『・・竜。おい、竜!』
「う〜ん・・・・もう食えねえ・・・・」
『こいつ!』
いきなり蹴とばされて竜はベッドから落ちてしまった。そしてその拍子に
目を覚まして体を起こした。
「いてっ。て、何すんじゃいーえ?」
竜はベッド近くに腕組みをして立っているジョーを見上げた。
「ジョーでないの。・・・・お前・・・どうしてー」
『竜、おめえを鍛え直しに来たんだ。今から走るぞ』
「ええ〜、今から?だって夜だぞい。」
『つべこべ抜かすんじゃねえ!早く来いっ』
「・・・明日にしたらよかんべ。」
『明日じゃダメだ。それに、闘いが終わったからって気を緩めるともっと
デブになっちまうぜ。』
「・・ちぇっ、相変わらずだわ。ほんと、口悪いヤツ。」
『何か言ったか?』
「いやー、その、独り言・・・」
『ほれ、行くぞ!』
ジョーは有無を言わさず竜を引っ張って砂浜を走り出した。
そして彼らはしばらく走っていたが、やがて竜はひとりで走っているのに
気付いた。
「あんれ?ジョー、どこ行ったん?」
『・・・竜、元気でな。怠けたら承知しねえぞ。』
「え?お、おい・・・」
竜はそこで目を覚ました。
そしてガバっと跳ね起きると、しばらくぼうっとした表情をした。
「・・・夢かよ。あいつの夢なんか見るとはなあ。どうせ見るならカワイ
子ちゃんがよかったのに。」
竜は足が痛むのに気づいて思わずさすった。
「変だなあ・・・何かしたっけか?・・・・あ、まさか、さっきのー」
竜はジョーと走った砂浜を見た。足跡が残っている。
「・・・・。」
広い草原に1台のセスナ機がひっそりと置いてある。
そしてその近くで健はひとり佇んでいた。彼はうつむき、特に何もするこ
ともなくただそこにいた。
ふと彼は横を見た。そして目を見張った。
「・・・・ジョー・・」
『健・・』
健は思わず駆け寄った。
「お前ー」
しかし、ジョーは手のひらを見せた。
『待て。それ以上近づくな。』
「・・えっ・・」
『健、俺はもう行かなきゃなんねえ。だから、その前におめえの顔でも見
ておこうと思ってな。』
「・・行くって、どこへ。お前はこの国の住人だろ?」
ジョーはうつむいたが、顔を上げた。
『健、最後の最後まで迷惑を掛けちまったが、おめえにはいろいろ感謝し
てるぜ。・・言いたいことはそれだけだ。じゃなあな・・。』
「・・・ジョー!」
ジョーは行きかけて振り向き、黙ってうなづき、背を向けて行ってしまっ
た。
健は目覚めた。そしてゆっくりと起き上がった。
(・・・・夢だったのか・・・随分リアルな夢だな・・)
翌日、健はスナックジュンに向かった。そこには働く2人はもちろん、竜
もいて、全員集合していた。
でもみな一様にぼんやりとしており、健も黙って腰掛けた。
すると甚平がこう言い出した。
「・・・オイラ・・ジョーの夢を見たよ。」
竜は顔を上げた。
「オラもだ。」
「・・私もよ」
健はじっと壁を見つめた。
「・・・いや、夢じゃない。あれは・・・確かにジョーだ。あいつが俺の
のところに来たんだ。はっきりしている。」
「そうだよ、だって・・。」
甚平はエプロンのポケットから紙を出した。
「これ、ジョーがくれたレシピなんだ。」
「私もくれたわ。ひとつくらい満足に作れるものを、って。おせっかいよ
ね、ホント。」
ジュンはさみしそうに微笑んだ。
すると4人は打ち合わせしたわけでもなく、同時に店の外に出た。そして
青い空を見つめた。
「・・・まだいるのかな。」
甚平がそう言うと、竜。
「さあな。まだそこらにいると思うとぞっとするわ。」
「まあ、竜ったら。また走らされるわよ。」
健はふと笑ってじっと空のかなたを見つめた。
(・・・俺たちはずっとこの平和を守っていくよ。だから、もう自分のこ
とだけ考えてゆっくりしろ。)
彼らはしばらく立っていたが、静かに店に入った。
その少し後になって、その上空に一羽の鳥が現れ、しばらく旋回してやが
て姿を消した。
そして何事もなかったかのように町が活気づ始めた。