『 夕陽 』




             ISOの長い廊下を健は一人あたりを見渡しながら歩いていた。
             そして部屋の一つ一つ、ドアを開けては閉め、と繰り返し、彼はその度に
             はあとため息をついた。
             「・・・どこへ行ったんだ、あいつ・・。」
             そして健は、よくみんなで集まる小部屋に入り、ソファに腰掛けて目を閉
             じてうつむいた。
             もう自分のところへ戻ってしまったのだろうか。他のジュンや甚平らはど
             こかにまだいて食事をしている。
             健はグレープボンバーの攻撃から命からがら帰ってきた時、博士の部屋に
             入って来たジョーの様子を思い浮かべた。
              ”・・・具合が悪くて・・”
             南部博士から問いつめられた時、確かにあいつはそう言っていた。
             健は目を開け、じっと床を見つめた。
              ”あの反抗的な態度は今に始まった事ではない・・”
             健はジョーの様子が何だかいつものような覇気がない事が気になった。
             そして彼は顔を上げた。
             (・・・そうだ。もしかしたらー)


             小高い丘の上でジョーは寝そべって目を閉じていた。時折吹く風が心地よ
             い。
             ふと彼は目を開け、近づいて来るセスナ機を見ると、視線を逸らした。
             健がやってきて側に来てもジョーは視線を逸らしたまま黙っていた。
             だが健は特に何も言わず、隣に腰掛けた。
             「季節が変わったなあ。時間と言うのはゆっくり確実に流れて行く。」
             「・・・・。」
             「なあ、何か心配事があるのなら言ってくれよ。」
             「・・別にねえよ。」
             「・・・・・そうか?ま、いいさ。」
             健はそう言って同じように横たわった。
             「よく子供の頃はこうして空を見上げたっけな。」
             「・・・そうだな。」


             南部博士の別荘で暮らしていた健とジョーは時々遊びに出かけたが、博士
             があまり遠出を許さなかったので彼らは博士の知っている場所にしか行く
             事しか出来なかった。
             『子供だけであまり遠くへ行ってはいかん。私の目の届くところにいなさ
              い。』
             それは利かん坊の彼らにとっては苦痛の何にでもなかったが、心配かけて
             はいけない、と子供心に思っていたので博士の言う通りに振る舞っていた。
             しかし彼らにはお気に入りの場所があった。
             周りに視線を遮るものがなく、座ると空が自分のまわりに広がってまるで
             雲の上に登っているような気分になれた。そして寝転がるとまさしく天に
             いるような心地よさに包まれた。

             親がいない寂しさや博士に怒られた時のむしゃくしゃを忘れるために、健
             もジョーもよくここにきて気持ちを鎮めていたのだ。


             「・・・・あれ、寝てたのか。」
             健は目を開けた。隣のジョーも目を開けた。
             いつの間にか時間が経っていたらしく、日が陰ってきていた。
             しかし彼らはじっと空を眺めていた。青空の中に陽の光を反射して赤や黄、
             そして薄紫の線が空いっぱいに広がっていた。
             「・・・綺麗だな。」
             「ああ。・・あの時と同じ空だ。」
             「・・・健、なぜここに俺がいるって分かった。」
             健は笑った。
             「何年一緒だったと思うんだ?」
             「・・・ちぇっ、おめえには何でも見通しか。」
             ジョーはふてくされたような表情を見せてはみたが、心の中では健の気遣
             いをありがたく感じていた。多分健は自分の異変に気付いているかもしれ
             ないが、あえて彼はそんな事を口に出さず、普通に振る舞っていた。
             健もジョーが心配ではあったが、彼の性格を良く知っているからいつもの
             接し方でさりげなく気遣ったのであった。
             2人はしばらく寝転んだまま刻々と色の配色が変わってゆく空を眺めた。

             やがて夕陽は地上線へと消え、代わりに月と星が輝き始めた。





                             fiction