『 夢の ホームランボール 』





                  「はあ・・・・・」
                  お客もはけ、誰もいなくなった店内は静まり返っていた。
                  そしてそのカウンターで腰をかけていたジュンは盛大にため息をついた。
                  中で皿を拭いていた甚平はそんな彼女を横目でチラチラ見ていた。

                  幼なじみの矢羽コウジを、ギャラクターの手下となってしまったとはいえ、
                  ジュンは自分の手で眠らせてしまった事を今更ながら悔やんでいるのだ。
                  「・・・コウジ・・・・私は・・私は何て事をしたんだろう・・」
                  甚平はおずおずと言った。
                  「・・お姉ちゃん・・・あのさ・・・仕方なかったんだよ・・」
                  しかしジュンは顔を上げ、キッという表情をした。
                  「おだまりっ!」
                  甚平は思わず身をすくめ、その剣幕に凄んだ。


                  ジュンは健たちが来たときもずっと落ち込んでいた。
                  そんな彼女を見ているのも辛く、甚平も健たちと共に静かにしていた。
                  健、ジョー、そして竜の3人も何て言ったらいいのか解らず、ただ黙って
                  彼女を見ているだけだ。
                  が、健がやおら立ち上がった。
                  「見ちゃおれんな」
                  ジョーと竜はおや?という顔で健の後ろ姿をじっと見つめた。
                  「そうだ、健、慰めてやれ」
                  「やればできるぞい」
                  健は、彼らの視線を一身に受けているとも知らず、ジュンの隣に腰掛けた。
                  ジュンはちらと健を見てちょっと目を輝かせたが、素知らぬ顔で背けた。
                  健はジュンに話しかけたが、離れているジョーたちには聞こえない。
                  「・・ジュン、大丈夫か?」
                  「・・・・ううん・・・」
                  「解るよ、彼はジュンの大事な友達だったんだからな」
                  そして今は貴方が私にとって大事な人よ。
                  「自分で手を掛ける、というのは辛いだろう」
                  そうなの、辛いのよ、健。解ってくれるのね・・・
                  「だがな、いつまでも悲しんでいたんじゃ、もっと悲しむヤツがいるぜ」
                  ・・それって、もしかしてー
                  「甚平が酷く心配している。あいつのためにも元気になってくれ」
                  ・・・・・・
                  「じゃあな」
                  ・・・な、なによ、私の事心配じゃないの?しかも何だか嬉しそう。
                  そうか、いつものようにツケでガミガミ言わないからだわ。

                  「健、ちゃんと慰めたのか?」
                  「ジュン、嬉しかっただろうなあ」
                  「ああ、甚平が悲しんでいるから、早く元気になれよ、って」
                  甚平は、は?という顔をした。
                  「えっ、え?オイラ?何でオイラが出てくんのさ」
                  「・・・・・・」
                  ジョーと竜は思わず頭を抱えた。
                  「え?だって、お前だってジュンが元気になってくれたら嬉しいだろ。
                  またジュンとお前のやり取りが見たいからな」
                  健は席を立った。
                  「どこへ行くんだよ、兄貴ー」
                  「ちょっとな。じゃ、いつものアレで・・」
                  健はそう言うと足早に出て行った。相変わらずこんな時の身のこなしは軽い。
                  「・・もうっ、兄貴の役立たずー!」
                  甚平は入り口からジョーたちの方へ視線を移した。そしてこの怒りの矛先を
                  2人に向け始めた。
                  「ジョーの兄貴、何とかしてくれよ」
                  「・・お手上げだよ」
                  「そうかい。それなら、これからはジョーには砂糖抜きのカプチーノね」
                  「えー」
                  「竜は、骨だけの煮魚」
                  「・・うへっ、それって料理じゃねえって。それにまだオラなんも言っと
                  らんぞい」
                  「つべこべ言うなー!」


                  数日後。空き地では、近所の子ども達と野球をする甚平の姿があった。
                  そして段々の石で出来た簡易な観客席には、数人の保護者や見物人らと混
                  じって試合を見ている健たちがいた。
                  バットを持った甚平がホームベースに向かって来た。
                  「よーし、ここらで一発打って、兄貴たちにいいとこ見せるぞー」
                  「待ってー」
                  そんな時にジュンが駆けて来た。
                  「・・あれっ、お姉ちゃん」
                  近くまで来たジュンは息を整えつつこう言った。
                  「ねえ、私にも打たせてよ」
                  「えー?」
                  「あ、女だからって馬鹿にしているでしょ。いい?私にはもしかしたら
                  メジャーリーガーの血が入っているかもしれなくてよ」
                  「・・・うひゃあ、大きく出たなー」
                  「さ、甚平」
                  「ちょっとだけよ、もう・・・」
                  甚平からバットを受け取ると、ジュンは早速構えた。
                  「さあ、掛かってらっしゃい!」
                  相手チームのピッチャーは大きく振りかぶって投げた。
                  ジュンは思いっきりスイングしたが、ボールはミートに吸い込まれた。
                  「あー、空振りだ。お姉ちゃん、メジャーリーガーはどうしたの?」
                  「うるさいっ、外野は黙って」
                  「・・はいはい」
                  ピッチャーはまた振りかぶった。するとジュンの瞳が輝いて、彼女はバットを
                  振った。
                  それはボールの芯を捕らえ、前方の力に反発してボールは大きくカーブを描い
                  て遠くへ飛んで行った。
                  「やったわ!」
                  健たちは目を見開いてその行方を見つめた。
                  大歓声の中、ジュンはグランドを一周した。そして戻って来た彼女を子ども達
                  は大喜びで迎えた。
                  「ホントにジュンにはメジャーリーガーの血が入っているのかもな」
                  「ああ・・・」
                  ジュンの生き生きとした表情を見て、健たちは安堵をした。

                  すっかり夕陽が照らす道を5人は歩いていた。
                  甚平と元通りに仲良くおしゃべりしているジュンの後ろを健たちは歩いた。
                  「あー、骨だけの煮魚が出なくなって良かったわい」
                  「砂糖抜きのカプチーノ飲まされるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
                  「あ、これで俺のツケもー」
                  「「なくなるわけないだろ!」」
                  「・・・あ、やっぱり・・・」
                  健は頭を掻いた。


                  スナックジュンに記念にもらったホームランボールが飾られた。
                  それをじっと見ていたジュンは、カウンター内で皿を洗う甚平にこう言いだ
                  した。
                  「コウジと一度だけ野球を観に行ったのよ。彼、ずっとグローブをはめて待っ
                  ていたわ」
                  「ああ、ホームランを?」
                  「ええ。でもなかなか来なくて。残念だったわ」
                  ジュンはしばらくボールを見ていた。
                  「だからね、天国にいるコウジに届けようと思って思いっきり打ったのよ」
                  「ふ〜ん。・・・けっこう滞空時間が長かったから、きっと届いたかもよ」
                  「そうね、きっと触ったかもしれないわ」
                  そして呟いた。
                  「私が打ったのよ、コウジ。貴方の夢をね」
                  そして愛おしそうにボールを指でなぞった。



                                  ー 完 ー







                                   fiction