『 聖なる夜に 』





                  tree





                  ジョージは目を覚ますと居間へ行って角に飾ってあるツ リーのところへ
                 来るのが日課になっていた。
                  そして彼はツリーの横に置いているものを眺めた。
                  クリスマス1ヶ月前から飾ってある「プレゼピオ」だ。こ れは、キリスト
                 生誕までの物語を描いた、いわゆるジオラマで、風景や小 物、人物に至まで
                 とても精巧に作られている。それぞれの家庭の手作りもある が、この時期に
                 なると色々なパーツがお店で手に入れる事ができるのだ。
                  ジョージはそれを毎日のように眺めるのもまた日課になっ ていた。
                  両親はいつもは仕事柄留守していることが多かったのだ が、クリスマスの
                 時期は他の家庭のように長い休暇を取っていた。なのでいつ も彼らがいる
                 生活になり、ジョージはこの時期が一番好きだった。

                  「ジョージったら、まだ見てるの」
                  カテリーナは床に這いつくばるようにしてプレゼピオを熱 心に見ている彼
                 に声を掛けた。
                  「うん。ねえ、この人がママで、この人がパパだよね。」
                  「そうね。」
                  「そして25日に産まれるんだよね。早く産まれないか な、赤ちゃん。」
                  カテリーナ、そしてやってきたジュゼッペはジョージを見 て、顔を見合わ
                 せ、笑った。


                  そして12月25日、町中の教会に灯りが点った。礼拝が 始まるのだ。
                  ジョージはカテリーナの手をしっかり握って歩いていた。 今日は家族揃っ
                 て教会へ出掛ける日だ。
                  しかしいつもの彼は教会へ行くのはこの世で一番退屈な事 だと思っていた。
                  周りは大人ばかりで牧師さんのお話はとても退屈だ。礼拝 中大人しくして
                 いなければならないのは何よりも苦痛なのだ。
                  でも今日は違っていた。そう、ナターレの日なのだ (Natale=イタリアの
                 クリスマス)。町は光に溢れ、行き交う人々の顔にも笑顔が ほころぶ。


                  礼拝は粛々と進み、最近産まれたばかりの赤子を抱いた母 親と父親が登場
                 し、その子の洗礼式が行われた。
                  ジョージは身を乗り出してその様子を見つめた。牧師は水 の入った黄金の
                 杯を手にし、中の水を手に付けて幼児の額に付けた。
                  そんな風に興味深そうに見ている彼を見てカテリーナは 言った。
                  「貴方も赤ちゃんの頃に受けたのよ。」
                  「ふ〜ん・・」
                  カテリーナは再び洗礼式を見て、そして遥か遠くの光景を 思い浮かべた。

                  ここは、イタリア本土に次いで島民たちのほとんどが熱心 なキリスト教信
                 者だ。
                  子供が産まれると、教会へ行って洗礼を受けさせるのが習 わしだ。
                  だが、2人は悩んでいた。
                  自分たちはギャラクターの一員だ。
                  人々を恐怖の底へ陥れようと企む組織に属している身のた め、教会に来て
                 いる事すら肩身の狭い思いをしているのに、自分の子に洗礼 を受けさせよう
                 というのは虫が良すぎるだろうか。とつい尻込みしてここま で来てしまった
                 のだ。
                  しかし、自分たちはどう汚れていようとこの子は関係な い。
                  せめてこの子だけは正しい道を歩んで欲しい。
                  両親はカテリーナの腕の中で眠る我が子を見つめた。

                  『父と子と聖霊によりバプテスマを授ける。アーメン』
                  「アーメン。」

                  カテリーナは牧師と会衆の声にはっとした。
                  人々に見守られ、赤子を抱いた両親が脇を通った。


                  聖歌隊による賛美歌と説教があり、礼拝が終わった。
                  会衆は次々と教会を後にした。
                  ジョージはキラキラ輝く通りを見ていた。そして一方ジュ ゼッペとカテリ
                 ーナは彼の洗礼の時に言った牧師の言葉を思い出していた。 それは、いつも
                 の文句だけでなく、彼はジョージを見るなり何かを感じたの か、何かを呟き、
                 手のひらをそっと幼児の上に当て、こう言った。
                  「この世を照らす光となれ。」
                  もちろんこの意味は今となっては解らない。これはもとも と幼子イエスの
                 事を言っているのだが、牧師は明らかにジョージに向かって 言っていたのだ。
                 2人は不思議な気持ちになりながらもジョージを連れてその まま歩き続けた。


                  そして聖なる夜はこうして静かに更けていった。








                
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                            ー Fine ー




      

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