『 命を持っ
た羽根手裏剣 』
今日の仕事は命の湧き水を運ぶことだった。
ジョーは壷にたっぷりの水を入れ、それを持って歩いていた。
柱の奥にある場所まで運ぶのだ。
そう、彼の故郷のイメージで言うところの、「トレビの泉」って感じか。
「なんか、こんな重労働までやらされるとはなあ。想像してた天国とは全く
違うじゃねえか。天国は楽しいところだ、なんて思っているやつらに教えて
やりたいぜ」
そして彼はこう続けた。
「うん、いいな。これ本にしたら売れるぞ」
でも、自分はここにいるから無理か。
”トレビの泉”にやってきたジョーは水を入れると、ふと誰かが淵に腰掛けて
俯いているのに気づいた。
「あいつ・・」
それは、ここで最初に会ってから何かと意地悪してくる天使の青年だった。
「おい、どうした?いつもの元気がないなあ」
青年は顔を上げたが、唇を噛み締め、また俯いてしまった。
ジョーは流石にちょっと心配になってそばへ座った。
「どうしたよ、いつも俺に突っかかってくるくせに」
「・・・・」
彼の様子があまりに不自然なため、ジョーは黙って彼を見つめた。
すると天使はこう話し出した。
「・・・今日、母さんがくる予定なんだ」
「え?・・おふくろさん・・?」
「でも・・予定の時間が過ぎたのに船が来ない。どこかで迷ったのかもしれな
い」
「迷った?どこへ・・」
すると彼は顔を上げ、ジョーを見た。
「冥界だ!」
「冥界?」
「ここへくるはずの船が時々そこへ呼び込まれてしまうと言う。
そして魔物たちの手下にされ、そこで耐え難い苦しみを負い続けるんだ」
ジョーは思わずここも苦行だらけだ、と言いかけてやめた。
青年は顔を埋めた。
「・・・母さん・・どうか無事で・・・」
ジョーはじっと彼を見つめた。そして彼の肩に手を置き、こう言った。
「よし、俺が助けに行ってくるよ」
青年は驚いて顔を上げた。
「え?・・何言ってんだ?」
「俺は、悲しむ人を見るのは嫌いだ。そしてそれ以上に人を苦しめるやつらは
もっと嫌いだ。」
「・・・お前な・・アホか?冥界へ行ったら、もう帰れなくなるぞ、お前だっ
てずっと・・」
ジョーは不敵な笑みを浮かべ、彼の肩をポンポンと叩いた。
「おめえは知らないかもしれないがなあ、俺は人間界ではちょっと名の知れた
スナイパーだったんだぜ・・・・まあ、誰も言ってくれなかったけど」
「おい」
「待ってろ、絶対連れてきてやるからな」
ジョーはそう言うが早いか行ってしまった。
青年は彼の背中を見つめた。
「・・・馬鹿だな・・本当にお人好しだな」
そして手を合わせ、ひざまづいた。
「神様・・どうか彼をお護りください・・」
冥界というのは実は天国へ向かう道の途中にある。
いつもは固く門が閉じられているのだが、時々魔の帝王らが暇を持て余し、
開けて天国へ向かう船を誘い、引き摺り込むなどして悪さをしていたので、
神らは頭を悩ませていた。
ジョーは地上へ向かう船にこっそり乗り込み、冥界の扉が続く道に降りた。
その道はうっすらと暗く気の遠くなるような真っ暗闇が目の前に続いている。
そしてそこをひたすら進むと、船が横付けされていた。
やはり連れてこまれたのだ。
「ふん、やつらとやることは一緒だぜ。悪い奴らってのはどこも同じだな」
ジョーの言う”奴ら”とは、もちろん、地上を脅かしたギャラクターという悪
の組織だ。
もしかしたら、冥界の連中はギャラクターの成れの果て?
そんなことを考えていたジョーはふと立ち止まった。
人々のすすり泣く声が聞こえてくる。連れてこられた人たちだ。
天国へ行くはずなのに・・・。そんな思いだろうか。
ジョーは全身黒づくめのフードコートを羽織っていたので、人々は彼が天使だ
とは気づかない。天使とわかってしまえばこれから不利になる。
が、そうも言ってられなさそうだ。帝王の手下と思しき連中だちが人々を強引
に連れて行こうとし始めたのだ。
「おい、離せ!」
「何?」
ジョーは連中相手に戦い始めた。そして背中の羽根を引っこ抜くと、構えたが、
はたと気づいた。ただの羽根だ。
が、考えている暇はない。それを投げつけたが、それは見事に相手の喉仏に刺
さり、息絶えた。驚いたことにそいつは煙のように跡形もなく消えてしまった。
ジョーはわらわらとやってくる手下たちを倒し続けた。
羽根はあの羽根手裏剣のように、まるで命が宿ったかのように次々と空を切っ
た。
「天使がいるぞ!」
「帝王様にご報告だ!」
ジョーはしばらくしてすみでうずくまる一人の女性に目を留めた。
「大丈夫ですか。怪我でも?」
「・・・いいえ、大丈夫です。・・・ここから逃げられるのでしょうか。早く
あの子の元へ行きたいのです・・」
ジョーは直感で、女性があの青年の母親だとわかった。
「必ず助けます。彼が待っています」
すると目の前が炎に包まれ、それは渦巻いて迫ってきた。
「みなさん、逃げてください!」
ジョーは人々を急き立て、彼らの前に立ちはだかるようにその場に立った。
「あなたも一緒に・・」
「大丈夫ですよ。息子さんが待ってますから、早く」
女性らは出口へと向かって駆けて行った。
それを見届けるとジョーはきっと前を見据えた。
『・・・大したもんだ、その勇気を褒めてやろう・・』
渦巻く炎に顔らしきものが浮かんだ。それを見たジョーは思わず笑った。
「ふん、総裁Xというやつを思い出したぜ」
『ほう、総裁Xとな?そうだ、私はここの”総裁”だ。ここに来ることはもう
お前は向こうには帰れないぞ。』
「もう俺の用事は済んだ。帰るよ」
『そうはさせん!』
ジョーは背中を向けたが、炎が彼の行く手を阻んだ。
「わっ」
『お前はどこにも属さない永遠にここを彷徨うのだ』
彼は駆け出した。炎がさらに強く渦巻き、彼をとうとう捉えた。
「ウワアアーっ」
無数の羽根が舞っている。
明るい光を浴び、キラキラとそれは時々踊り、顔や手を優しく叩いた。
「・・・・?」
ジョーは目を開けて起き上がった。
「ああ、やっと起きてくれた」
青年の声だ。彼の後ろにはその母親もいる。
「・・俺・・生きてる」
「死んでるんだよ」
「どっちでもいいや」
「あなたのおかげで皆、ここへ来ることができました。」
ジョーはまだ状況が飲み込めないでいたが、あの時いた人たちは皆無事に天国
へ来れたようだ。
「じゃあ、神様のところへ行こう、母さん」
「これからお世話になるんですものね。何か持っていかなくていいの?」
「何言ってんだよ」
「いい子にしているのかい、ピエトロ」
「だから〜」
ジョーはあ、という顔をした。
(あいつ、ピエトロって言うのか。聖書に出てきた?・・・ま、いいか)
「母さん、随分年取ったなあ」
「だって、あれからもう10年だよ・・片時もお前を忘れることなかった」
ジョーは歩き出した。
「あ、いけね、まだ途中だった」
そしてまた泉へと戻った。
ー 完 ー