『 ハロウィンの夜は大騒ぎ  』






             
                 「はあ〜・・・」
                 夜のスナックJでは甚平とジュンが店を片付けていたが、皿を拭いていた甚平が大
                 きなあくびをしたので、テーブルを拭いていたジュンが振り向いた。
                 「もう、甚平ったら何よ、大きな口開けて」
                 「だってさあ・・お姉ちゃん、今日はこんなに暇なんだぜえ・・。あくびくらい
                 出るよ(とまたあくび)」
                 ジュンは腰に手を当てて口を尖らせた。
                 「わかってるわよ・・今日はきっとこうなのよ。こんな日もあるわ」
                 そしてテーブルを拭きながらこうつぶやいた。
                 「何かいい考えはないかしら。多くの人たちが来てくれるようなものがあればい
                 いのに」
                 「来てくれるもの・・・」
                 すると、甚平は何かをひらめいたらしく、こういった。
                 「ねえ、お姉ちゃん。もう直ぐハロウィンだろ?みんなで劇やろうよ」
                 ジュンは振り向いた。
                 「ええ?!劇ですって?大人をからかう気?」
                 「からかってないよ。・・(お姉ちゃん大人じゃないじゃん)」
                 「そんな子供じみたこと・・」
                 「みんな出るって言ったら、きっとお客さんたくさん来ると思うよ・・」
                 ジュンは甚平のいたずらっ子のような表情を見てため息をついた。確かに彼らが
                 来ればお客さんは増えるだろうけど・・。

                 「劇?おー、ついにオラの魅力を発揮する時が来たぞい。甚平は見る目があるわ
                 さー」
                 「竜は照明係だよ」
                 「何い?そんなの客にやらせろや。オラ降りた」
                 「もう、わかったよ。じゃあ何かやらせるよ」
                 甚平はブチっとブレスレットを切った。
                 「ホントに竜はわがままなんだから。役が欲しかったら少しは痩せろってんだ」
                 甚平はそれから健とジョーにも連絡をした。
                 「みんなやってくれるのかしら。お子様向きにはできないわよ、夜だもの」
                 「子供向けじゃないよ」
                 「あら、そう」
                 ジュンは奥へと引っ込んだが、いそいそと自室に入って鏡の前に立った。
                 「・・そうだわー、少し新調しようかしら。ヒロインだもの、当然よね」

                 「・・劇?・・おい、甚平、真面目に言ってるのか?役者なら他を当たってく
                 れ。俺なんか務まらないよ・・・え?いつも登場する時にハッタリ聞かせてるん
                 だからお茶の子さいさいだろって?・・・ハッタリとは失礼だな。あれでも真面
                 目な口上だ・・(うーん、もしからしたらツケを許してくれるかもしれないぞ。
                 よし、やってやるか)」

                 「俺は役者じゃなくてハンドル握ってる方がいいんだがなあ。・・ジョーの兄貴
                 は声がいいから女たちがイチコロだって?・・・(すると女の子たちが喜ぶよう
                 なことをすれば一発か?ふん、悪くねえな)」


                 さて、一体どんな内容で誰がどんな役なのだろうか。
                 それは当日のお楽しみである。
                 そしてまるでそんなこと聞いてないかのように5人はそれぞれの場所で思い思い
                 に楽しんでいた。
                 もちろんその間にも敵さんは休ませてくれないのだが、それでもその日の劇の練
                 習兼おしゃべりに毎日のようにスナックJに顔を出した。


                 そして当日の夜・・・。
                 スナックJはいつになく若者たちでいっぱいであった。そして言わずもがな、やは
                 りというか女性の比率が高かった。彼らの目当てはあの2人なのだ。
                 「ほら、竜、焦点が合ってないよ。お姉ちゃん怖いんだからね、ちゃんと当てて
                 よ」
                 「へいへい。・・くそう、やっぱりオラは照明係かよ。そんでもってお前が監督
                 気取りかいの。やる気失せるわ」
                 「竜、文句言わない。いいかい、オイラたちは縁の下の力持ちだ。一番偉いんだ
                 ぞう」
                 「はいよ(そんなもんかねえ)」

                 ジュンが姿を現したので、竜は慌てて照明を当てた。
                 「ああ・・なんて綺麗なお月様。」
                 「(小声)ほら、竜、黄色いライト」
                 「・・・ああ、忘れとったわ」
                 ジュンはちらと2人を見たが、何食わぬ顔で続けた。
                 「こんな素敵な夜はきっと素敵な方が私の前に現れるかもしれないわ」
                 『どんな月でもあなたの美しさには敵わない・・』
                 「誰?」
                 観客席の奥から黒いマントを羽織った人物が現れた。そしてゆっくりと歩いてき
                 たが、その人はちらと女性客を見ると、ウィンクをした。
                 「・・・・はあ〜・・・」
                 女性客はうっとりしてその場にぐったりしてしまった。
                 ので、竜がこんなことを言った。
                 「・・ちぇ、カッコつけやがって。本当、やな奴っ」
                 「ひがまない、ひがまない、竜には逆立ちしたって無理だろ」
                 「・・・・・はっきり言うわ」
                 「あなたは・・・あなたは・・一体・・」
                 『・・トランシルバニアより夜な夜な処女の血を求めここに・・』
                 「・・ああ、あなたはドラキュラ伯爵・・」
                 ドラキュラ(ジョー)はゆっくり彼女に近付き、こう囁いた。
                 『空に輝く無数の星も、辺りに咲き誇る花も皆、あなたを見たら恥ずかしさのあ
                 まり隠れてしまうだろう・・』
                 ドラキュラは彼女の頬を軽く持ち上げ、じっと見つめた。
                 彼女は目を閉じ、彼に身を任せてじっとしている。
                 そんな時だ。
                 「待て!」
                 客席から一人の男が現れた。
                 「見つけたぞ、ドラキュラ伯爵。今宵こそ決着をつけてやる!」
                 ドラキュラはニヤリと笑みを浮かべた。
                 『これはこれはヘルシング博士。また会いましたな』
                 ヘルシング博士(健)はゆっくり歩いた。
                 「その女を離したまえ。この場で消し去ってくれる」
                 ヘルシングは懐に手を入れると、十字架を握りしめ、伯爵の前に差し出した。
                 「・・ううっ」
                 「魔物よ、退散せよ!」
                 ジュンはゆっくり床に倒れこんだ。甚平と竜はずうとその様子を目で追った。
                 もっとバタッとかっこ悪く落ちればいいのに。とは決して言わない。たとえ口が
                 裂けても。
                 ヘルシング博士はじっくりと頭を抱えて苦しむドラキュラ伯爵に近づいていっ
                 た。そんな時である。
                 「こら!」
                 何かが飛んできて健の頭にヒットした。皿だ。幸いプラスチックなので割れな
                 い。
                 「ドラキュラ様に何すんの!」
                 「人でなし!」
                 健は振り向いた。
                 「おい、これは芝居だ」
                 「もう、バカ!」
                 健は尚も女性達がものを投げてくるので、思わずドアから出て行ってしまった。
                 「あらら・・」
                 甚平たちはぼうっとドアを見つめた。
                 「兄貴、どこ行くんだろう」
                 と、同じく立ち尽くしてしまったジョーのところに女性たちが寄ってきた。
                 「もう大丈夫よ、ドラキュラ様♪」
                 「ねえ〜、私の血を吸って〜」
                 ジョーは彼女たちを振り払って言った。
                 「おい、俺はドラキュラじゃえよ!これはお芝居!お・し・ば・い!」
                 ジョーは彼女たちがなおもまとわりついてくるので、たまらず同じようにドアを
                 開けて逃げ出したが、女性たちも追いかけて行ってしまい、スナックJに静寂が
                 戻った。
                 「・・なんだったんだ、今の」
                 ジュンは立ち上がった。
                 「さ、主役がいなくなっちゃったから、もうお終いにしましょ」
                 すると、バーン!と勢いよくドアが開いて、男たちが入ってきた。そしてジュン
                 にこう言った。
                 「ああ、ご無事でしたか!」
                 「・・え?」
                 「ドラキュラに襲われたと聞いて・・」
                 ジュンは驚いた。
                 「ええ?あ、あれはただのお芝居・・・って今頃来たの?」
                 すると甚平。
                 「・・そこ?」
                 「だって、本当に襲われてたらどうすんのよ!早く来てくれなきゃ」
                 「そりゃそうだけど・・・」
                 お姉ちゃんなら心配ないだろ、むしろ魔物の方が逃げるよ。
                 ・・黙ってよ。
                 とりあえず店は通常通りの営業に戻った。
                 あの2人はまだ戻ってこないが、きっとほとぼりが冷めた頃に顔を出すだろう。
                 何しろ今日はハロウィンだ。あんな格好してたって誰も気にもとめまい。
                 「ああ、終わったと聞いたら急に腹減ったわ。何が食わせてくれい」
                 「竜は気楽でいいよな〜少しは手伝ってくれよお」
                 「オラは昔っから留守番と決まってるわさ。だから、ここで健たちを待ってるわ
                 さー」
                 「・・ちぇっ、ちゃっかりしてらあ」

                 やがてボツボツと客が増え、ジュンは皿を洗い、甚平は客に料理を配って回っ
                 た。



                 そして夜も更けていき、街行く人も少なくなっていったが、あの2人がどうなっ
                 たのか誰も知らない・・・。






                                ー 完 ー





                     


                                 fiction