『 お ばあちゃん 』







                 「ねえ、あなた。」
                 カテリーナは居間に来ると、ソファで新聞を読んでいるジュゼッペのところへ
                 やってきた。ジョージを寝かしつけるのはいつも彼女の役目であったが、眠っ
                 てしまうまでずっと側にいるのが彼女のささやかな幸せでもあった。
                 「ん。」
                 「ジョージのことなんだけど・・」
                 「どうした?またわがまま言って引き止めようとしたか?」
                 ジュゼッペはそう言って笑ったが、カテリーナは真顔のままだ。
                 「こうして週に2、3日くらいは戻って来れたけど、今度は長く空けることに
                 なるわ。・・ジョージをどうするの?ここに1ヶ月近くも残したままなん
                 て・・」
                 ジュゼッペは新聞を置いた。
                 「大きな事を考えてるって言ってたな。あの男が俺たちを総動員させて計画が
                 達成されるまで家に帰るのを禁止した。」
                 「・・あの男?」
                 「・・ベルク・カッツェ。将来は首領とまで噂される切れ者だ。あの男が我々
                 を仕切っている。」
                 「よほどの事なのね。その企画って。」
                 「ああ。・・・何をしようとしているのかは全く知らされてないがね。」

                 2人は幹部としてギャラクターの中にいた。そしてそんなところにいても、週
                 に何日かは家に戻るのを許されていた。もちろん内部での機密事項を話したり
                 漏らしたらそれ相応の処罰が課せられる。彼らは家族にも内密にしなければな
                 らないのだ。
                 なので当たり障りのない仕事をしているように振る舞うのだ。
                 そして今回、1ヶ月にわたる壮大な計画が実行されようとしていた。幹部全員、
                 ずっとその仕事をせよとの勅命があったのだ。
                 家にはしばらく戻れない。なので困ってしまったのだ。まだ息子は幼い。

                 そんな時ジュゼッペは新聞の下の欄に目を留めた。そして彼女に見るように目
                 で合図した。
                 そこには、『マーデレ家政婦紹介所』とあった。
                 2人は顔を見合わせた。


                 数日後、小太りの一人の老婦人がやってきた。
                 両親は彼女を出迎え、家に招き入れた。笑顔を絶やさない優しい感じの人だ。
                 カテリーナにしがみついていたジョージは挨拶もそこそこに彼女にくっついた
                 ままじっと老婦人を見上げていた。
                 「今日からお世話になる、マーサさんよ。ジョージ、いい子にしてるのよ。」
                 「ええ、よろしくね、坊ちゃん。」
                 ジョージはカテリーナの後ろに隠れてしまったが、マーサは微笑んだ。
                 「・・こんな子ですけど・・」
                 「ほほ。子供さんはこんな感じですよ、大丈夫です。お任せください、奥様。」

                 両親は行ってしまった。ジョージは朝が来なければいいのにと遅くまで起きて
                 いたため、酷く眠くて目を覚ました時にはもうすっかり陽が高くなっていた。
                 いつもならカテリーナが起こしにくるのだが、誰も来ない。
                 そうだった、もう出掛けてしまったんだ。
                 彼はストンと降りて着替えると下へ降りた。すると台所からとてもいい匂いが
                 漂ってくる。あれ、ママ?と思って覗くと、そこにはマーサの後ろ姿があった。
                 ジョージは昨日の出来事は夢だったと思っていたのだが、一気に現実に戻され
                 た気がした。両親がいないのは本当だったのだ。
                 「あ、坊ちゃん。おはようございます。よく眠っていたようね。」
                 「・・・おはよう・・」
                 「朝ご飯が冷めてしまいますよ、どうぞ召し上がれ。」
                 ジョージは目の前のオレンジジュースとパンを見てぼそっと言った。
                 「・・・お腹空いてない。」
                 「まあ、起きたばっかりだものね。」
                 マーサは行ってしまった。するとジョージはパンに手を伸ばし、パクパク食べ
                 始めた。焼きたてだった。
                 そっと覗いたマーサはくすっと笑った。


                 そんなある日。ジョージは海の見える丘にやってくると、じっとそれを見つめ
                 た。
                 家に帰ろうとせず、暗くなるまでそこにいた。
                 なのでマーサは心配して迎えに来た。でもジョージは知らんぷりして海を見て
                 いた。
                 「ここにいたんですね、良かった。」
                 「・・・・・。」
                 「もうお家へ帰りましょう。黙って行くなんていけませんよ。」
                 「・・・探しに来たのって、ママに怒られるからだろ。」
                 「違いますよ。坊ちゃんが心配だからです。」
                 「・・・・。」
                 ジョージはうつむいた。
                 「坊ちゃんに何かあったら、おばあちゃんは悲しくなってしまいます。」
                 ジョージは欄干から離れると何も言わずマーサのところへ来て、その手を握って
                 歩いた。
                 マーサは微笑んで一緒に歩いた。近くの聖堂の鐘の音が響き渡った。

                 ジョージは外へ出ていつものように近所の悪ガキたちと遊び回っていた。それも
                 毎日。飽きないのだろうかと外部が思ってしまうが子供はそんな事はお構いなし
                 だ。
                 最初は家に帰るのも何だかつまらなかったが、やがてジョージは帰るのが楽しみ
                 になってきた。家に誰かが自分を待っていると思うと、早く帰ろうと思うのだ。
                 でもジョージはまだ幼かったのでそれには気づいてなかった。


                 マーサはジョージを市場へよく連れて行ってくれ、色々話しをしてくれた。
                 この果物はビタミンが豊富で目にいいとか、魚は頭を良くしてくれる、とか、
                 子供の彼でも分かるように説明した。
                 そしてジョージは彼女を「おばあちゃん」と呼んで甘えるようになっていった。
                 マーサは彼に本を読み聞かせたり、カテリーナがしてくれたように昼寝の時間に
                 子守唄を歌ってくれた。

                 そして。
                 約束の日が来てしまった。両親は戻ってくれたが、マーサは別れを言って行って
                 しまった。
                 ジョージは悲しくてずっと泣いていた。彼は自室に閉じこもってしまい両親は困
                 り果ててしまったが、やがてカテリーナは階段を上がって彼の部屋の前に立ち止
                 まった。
                 「ジョージ。」彼女は呼んだが、何も声がしない。「・・・あなたが彼女と楽し
                 く過ごせて私たちは安心したわ。でもね、パパとママはあなたを忘れていたわけ
                 ではないのよ。」
                 ジョージがまだ泣いているのだと気づいたカテリーナは続けた。
                 「また私たちが長い間家を空ける時にはマーサさんを呼ぶわ。だからー」
                 「いやだ!」
                 カテリーナは叫び声に口をつぐんだ。
                 「ボクはママもパパもいて欲しいんだ、マーサさんがいて、ママがいて、パパが
                 いるほがいいんだ!」
                 ジョージはとうとう大声で泣き出してしまった。カテリーナはうつむいた。

                 ジュゼッペはあまりにも静かなので上へ上がった。そしてジョージの部屋のドア
                 を開けてふうと息を吐いた。ベッドに腰掛けたカテリーナの腕の中で眠っている
                 ジョージがいたからだ。そして近づいて、全くこの坊主はという風に彼の髪を撫
                 でた。
                 まだ小さい子を置いて行くのは心苦しいのは確かだ。
                 2人はしばらくそうしていた。まるでジョージに詫びるかのように。









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