吉羽は不審ながらも1階ロビーまで向かった。
そして受付でトレンチコートで顔まで襟を立てたいかにも怪しい姿の男が
立っているのを見た。
一瞬立ち止まったが、さっさと近づいた。
「この私に会いたいと言うのは、あなた?」
男は黙ってうなずいた。
「で、何か用ですかな。」
男はスッと吉羽刑事の前に紙切れを差し出した。そこにはある人物の名前
が書いてあった。
「・・この男、いるだろ?」
吉羽は眉をひそめ、つばを飲み込んで顔を上げた。
「・・・あ?何故ー」
「いるのなら結構。」男はその紙切れを素早く内ポケットにしまい込ん
だ。「それじゃ。」
「お、おい、待て。」
吉羽は慌てて行きかけた男に言った。
「誰なんだ、一体。あんたはー・・・何故この人を?」
「・・・今に分かりますよ。」
そして男はふふと不敵な笑みを浮かべた。
「その男を失いたくなかったら、ガードを頑丈にする事ですな。」
吉羽はそう言って足早に去って行く男の背中を不可解な表情で見つめた。
そう、ただ黙って見つめるしかなかった。
「・・・・・何故あいつを狙ってる・・?」
男は外へ出るとすぐに姿を消した。
そこから遠く離れた場所に海岸があった。
海辺では波が絶え間なく押し寄せ、日の光を浴びて水面がキラキラ輝いて
いる。
その波際でキャッキャッ、と駆け回る華音と、彼女を追いかける村上佳美
巡査長と友人の天童美香巡査長の2人がいた。
そんな彼らの先では、浅倉城嗣が波すれすれに立って見つめていた。彼は
視線を落とし、しゃがむと指で砂に何かを書いた。
やがて彼は立ち上がり、そのまま歩き出した。
遅れてやってきた佳美と美香はふと砂に書かれた文字を見つめた。
”Voglio vedere.”
それはイタリア語で”会いたい”という意味だったが、当然2人は分からな
かったので、佳美は思わずこんな事を言った。
「もう、浅倉くんったら、分かる言葉で書いてよ。」
そんな2人を尻目に、華音は駆け出して城嗣の長い脚にしがみついて甘え
る仕草を見せた。
彼は見下ろしてしゃがみ、彼女を抱き上げてまた歩き出した。
佳美たちは嬉しそうに話しかけている華音と微笑んで彼女を見ている城嗣
を見つめた。
そして2人は2人で署内のうわさ話をしながら歩き始めた。
これからまた大きな事件に巻き込まれようとしている事に、まだ彼らは知
らないー。