城嗣は洗面所の鏡の前でシンクに手をつき、目を閉じてうつむいていた。
                そしてしばらくして彼は顔を上げ、鏡を見た。
                「・・・我慢しろ、捜査のためだ。・・・・・だけど、どうして俺なん
                かに・・・」
                城嗣はふと吉羽の顔を思い浮かべ、顔をしかめた。
                「・・・・あいつ、図ったな。」
                その時突然ドアが開いたので彼ははっとした。あの女性が入って来たか
               らだ。
                「・・・。」
                女性は静かに彼に近づいた。そして大きく開いた胸元をわざとらしく見
               せるように体を寄せた。
                「思い出したの。あの人の重大な仕事。」
                「・・・へえ、他の者には言わないじゃなかったのか?」
                「・・・・・貴方なら話してもいいわよ・・。」
                女性はそう言って彼のベルトに手をかけたが、城嗣は彼女の手をそっと
               払い除けた。
                「まだ早いぜ。」
                「あら、聞きたくないの?」
                「・・・・。」
                「まあいいわ・・・。お楽しみは後でも構わないものね。あの人・・・
                市内で一番大きなビルの倉庫に・・色々置いているらしいわ。・・・そ
                う、一番はキロ単位かしら。」
                「一番大きなビルの倉庫。」
                城嗣はそっとそのフレーズを繰り返した。
                「・・・貴方を見ていると・・・暑くなってくるわ・・・」
                城嗣は女性が自分の体を撫でるのを見て言った。
                「ふーん、そうだろうな、俺は”危険な”男だからな。」
                女性は笑った。
                「ええ、ホントね。奥へ行きましょ。」
                城嗣は身を硬くした。このまま女に連れて行かれるのかー。
                彼がもうダメだと思ったその瞬間、どっと人がなだれ込んで来た。警察
               がやってきたのだ。
                「警察だ!神妙にしろ!」
                女性は慌てて奥へと行ってしまった。しかし間もなく捕まるだろう。
                城嗣は解放されてほっと息を吐いて、目を閉じた。

                外へ出た城嗣に突然佳美が抱きついて来た。
                「浅倉くん!」
                「・・・っ何だ?」
                「良かった・・無事で。」
                城嗣は彼女を見た。
                「何だ、無事って。」
                「心配したのよ、貴方の身に何か起きやしないか、もう本当に心配だっ
                たんだから。」
                「人聞きの悪い事言うなよ。」
                城嗣は佳美が涙ぐんでいるのを見てやれやれと彼女の肩を抱いた。
                「お前な、大げさ。泣くんじゃない、警官だろ。」
                そして彼女を離してそのまま歩き出した。
                でも城嗣は彼女の気持ちが分かっていた。昔イヤな目に遭った自分がいか
               がわしいところに放り込まれた事を酷く心配していたのだ。
                城嗣は耳から無線のイヤホンを取って、ポケットに入れた。


                健一は机の上に並べられたものを見て腰に手を当てた。
                「なあ、ジュン。」
                「なあに、健。」
                「俺には、これらはすべて出来合いのものにしか見えないんだが。」
                「そうよ。見えなくてもそうなの。」
                「どういう事だよ。」
                「だって、ジョーがいないのよ!こうするしかないじゃないの。」
                「ジュン?」
                純子は並べておいたものをさっと見て、一つを手にした。
                「これ美味しそう!よし、これをチンします。」
                健一はもう何も言う力なく奥へと引っ込んだ純子の後ろ姿を見てため息
               をついた。
                「・・・あいつ、いつになったら作れるようになるんだ。」

                あれから間もなく女が漏らした場所に警察のガサ入れが入り、大きな金
               庫に積んであった包みが運び込まれた。そしてそこから組の一味が芋づる
               式に御用となった。
                こうしてとりあえず、署が張っていた件は終焉を迎えたのである。

                刑事に連れられてある部屋から出て来た女は、視線の先に健一と立つ
               城嗣を見た。
                城嗣は彼女が近づくと、こう話しかけた。
                「気分はどうだ?」
                女はふふと笑った。
                「貴方・・・警察官だったの。」
                「悪いな。・・・言ったろ、”俺は危険な男だ”って。」
                「ええ・・本当、危険だわ。」
                そして歩き出した女は振り向かずに言った。
                「・・・貴方、警官にしておくのもったいないわ。お店で働けば、No.1
                になれるのに。」
                「・・残念だな。」
                「ええ。」
                女は刑事とともに歩いて行った。2人はしばらく彼女らの後ろ姿を見て
               いたが、やがて健は言った。
                「行こうか。」
                「ああ。」
                「それにしても、とんだお役目だったな。」
                「・・ふんっ。いつかギャフンと言わせてやる。」
                健一と城嗣は署の外へ出た。




                                fiction