男は出刃包丁を振りかざし、意味不明な言葉でわめいている。
                「華音を頼むぞ。」
                「浅倉くん!」
                城嗣は言うか早いか一人飛び出して男に立ち向かった。
                「止まれ!」
                「う、う、うるせえーっ」
                男はブンブン包丁を振り回し、城嗣に向かって来た。佳美たちはもち
               ろん、周りの人たちも時にはあ、とか声出しながら成り行きを見守った
               が、男は方向転換をし、佳美たちの方に襲いかかった。
                「きゃあ!」
                彼女達はその刃を避けるために俊敏に動いたが、そんな光景を見て怖
               くなった華音はついに泣き出してしまった。
                男は子供の鳴き声に逆上したらしく、彼女に向かって刃物を向けた。
                「う、うるせえ、ガキ!」
                「・・華音!」
                城嗣は男の前に飛び出し、華音を押しやったが、突如脇腹に激しい痛
               みを感じ、思わず押さえた。男が包丁で刺したのだ。
                「・・ううっ」
                「・・・!浅倉くんっ!」
                「このっ!」
                佳美は男に向かおうとしたが、城嗣は顔を上げた。
                「・・やめろっ。・・危ない!」
                男はきゃあきゃあ悲鳴を上げる人々を押し分け、駆けて行った。
                城嗣はしゃがんだまま、脇腹を押さえてじっと逃げる男を見つめた。
                「・・・くそっ・・・」
                佳美は苦しそうにしている城嗣を見た。
                「・・大丈夫?」
                「逃がさないわよ。・・写真撮ったから。」
                「さすが、美香。」
                「早速、捜一(捜査一課)にまわすわ。」
                城嗣の様子を見ていた華音は今にも泣きそうな顔で彼を覗き込んだ。
                「・・パパ・・」
                彼は顔を上げてなるべく辛そうな顔をしないように彼女を見た。
                「・・・華音、大丈夫か?・・怪我してないか?」
                「うん。」
                「浅倉くん、手当てしないと・・。」
                「大丈夫だ、これくらい・・・・うっ」
                「もうっ、大丈夫じゃないじゃん!」
                「パパー。」
                華音は我慢出来なくなったのか、城嗣に抱きついて泣き出してしまった。
                「・・華音ちゃん・・・。」
                城嗣は痛みに顔を歪めたが、華音をなだめるように背中をさすった。


                手当を受けて交番に戻った城嗣だったが、事情を聞いて心配する健一や
               純子には努めて平気を装った。
                しかし、目の前で犯人を逃がしてしまった事はよほど彼の心に痛手と
               して残ったらしく、とても悔しくてならなかった。
                「・・・畜生・・・。取り逃がすとは。」
                健一は拳を叩いた城嗣を見て言った。
                「ジョー、気にするな。命が助かっただけ感謝しようぜ。相手は刃物を
                持ったイカれた野郎だ。後は捜一に任せよう。」


                美香が送った動画が功を成し、刃物男は逮捕された。
                警察署に男は護送され、捜査一課の刑事が男を連れて中に入った。が、
               刑事は足を止めて、目の前に立っている2人の警官を見て苦々しい表情を
               した。
                「おやおや、浅倉警部補殿、一体何の御用ですかな。」
                「そいつを一発殴らせろ!」
                そして言うが早いか城嗣は男をぶん殴り、彼は床に倒れた。
                刑事は呆れた顔をして双方を交互に見た。
                「うわっ、ほ、本当にやりやがった・・・。」
                「お返しだ。」
                城嗣は踵を返し、歩いて行ってしまった。
                刑事は健一を睨んだ。
                「困りますなー、鷲尾巡査部長。止めてくれなきゃ、ダメでしょーよ。」
                「そうか?別に止める気はなかったけどな。」
                健一はふっと笑って同じように行ってしまった。
                刑事は腕を組んで相変わらず苦々しく2人の後ろ姿を睨みつけるように
               見た。
                そして倒れている男を見ると、首根っこを捕まえた。
                「立てっ!いつまで伸びてんだ!・・ったく、お前のせいだぞ、警官な
                んか刺すからだ!反省しろっ」
                「・・し、知らなかったんすよ・・。」
                「うるせっ。」
                刑事は怒ったように男を引きずるようにして奥の部屋へと連れて行った。





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