ー エピソード9 兄と弟 ー
朝7時。まだ朝日が顔を出すまで時間があり、薄暗い空だ。
街の中央に老舗のデパートが建っている。
昔からの客に加え、若者たちもやってくるこの街のシンボル的存在だ。
開店までの時間、この静かなひとときに警備員はのんびりと巡回していた。面する道
路も人影も車も少なく、この時間は本当に貴重だ。
「あと2時間か。裏手を見て終わりだな」
警備員はそう独り言を言って、引き返そうとした時、入り口付近でうずくまる人物を
見て近づいた。
「あの・・どうかしましたか」
人物は顔を上げ、すぐさま顔を伏せた。
「・・・寒いので」
「そうですか、こんなところでいつまでもいたら本当に凍えますよ。気をつけて」
「はい・・」
警備員はやれやれとため息をついて、中へ入った。
「ホームレスかな。大変だな、本当」
そして振り向いたが、もうその人はいなかった。
「・・・どこかへ行ったかな。やれやれ」
警備員が姿を消すと、その人物はそっと中を伺い、何かを手に入ってきた。もちろん
デパート内に入る自動ドアは開かないが、その前のエントランス前のスペースは入れ
る。
男は観葉植物の鉢に近づくと、手にしていた何かを入れ込んだ。
そして彼は辺りを伺い、さっと外へ出て足早に立ち去った。
開店近くなった。もう人々が行列をなして、人気のほどがうかがえる。
そして時間が来て合図が流れると、お辞儀をする店員らの中を人々が吸い込まれるよ
うに入っていったが、ちょうどその時だ。
ドカーン!大きな音とともに何かが爆発し、入り口はあっという間に黒煙と炎に包ま
れた。
それと同時に人々の叫び声が響き、音に驚いた、近くを歩いていた人々がその光景に
立ち尽くした。
それから間も無くサイレンの音が響き渡り、界隈は騒然となった。
捜一が一報を受けて動き出した。が、出火の勢いが激しくて出動できたのは昼を跨い
だ午後になった。
舞台となったデパート向かいのビルの陰からその様子を見ている健一3人の姿があっ
た。
彼らは腕を組み、じっと険しい表情で立っている。
「ちょうど入店時間だったから相当けが人が出たらしいわ。重体の人もいるそうよ」
「そりゃあの状況だとな」
「かなりの威力だぜ、あれは」
「ええ、爆破の範囲から見て、火薬は性能の高いものを使っているはずよ」
爆発処理班の署員たちが現場を捜索していて、かなりの範囲が立ち入り禁止になって
いるためか、物々しい雰囲気が漂っている。
古い建物の奥の部屋にいた男たちは入ってきた人物を見た。
「よくやったな」
「・・・・」
男たちは顔を見合わせた。
「切れたみたいだな」
「仕方ない」
椅子に深々と座っていた男が目で合図すると、立っていた一人が軽く会釈をし、何か
注射器のようなものを持ってきて、その若い男の腕に刺した。
彼は激しく揺れたかと思うと、その場に倒れてしまった。
「ぶち込んどけ」
「は」
男たちは若い男を抱えてどこかへ連れて行った。
椅子の男はじっと入り口を睨みつけるように見つめ、タバコを揺らした。
交番へ助けを求めてきた少年は取調室へ連れてこられていた。
吉羽と田中は部屋に入り、彼に質問を始めていた。
「で、お兄さんっていうのが、組織に取り込まれている、と」
少年はうなづいた。
すると田中。
「なぜ、お兄さんが?君はどうして助かったの」
「・・・兄さんと僕は・・本当の兄弟じゃないからです」
「・・え?」
「兄さんは・・・奴らに取って何か大事な何かを知っているらしいんです」
「ふーん、それで狙われたってこと?」
「はい・・・」
吉羽と田中は顔を見合わせたが、すぐに少年に視線を戻した。
「いっぺんに聞いても疲れるだろうから、また聞くとしよう。戻っていいよ」
2人は少年を立たせると、一緒に部屋を出た。
健一はじっと考えていた。
側ではお菓子を頬張る純子と、華音に絵本を読み聞かせている城嗣がいた。
「・・・あの子は、保護の下に置かれたそうだな」
「ええ。とあるマンションの一室借りて、私服の警備をつけたそうよ」
「組織が絡んでいるとなると・・結構大掛かりになりそうだなあ」
「私たちも彼を見守ってあげる必要がありそうね。だって、あの人たちじゃ不安で
しょ」
純子の言う”あの人たち”とは、吉羽たちのことだろう。健一は思わず納得した。
ちょうど署では麻薬組織を追っている。何か手がかりが掴めればいいが。
彼は、そう思った。