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                       ー エピソード8  前触れ ー




               事件のあった店の前には人だかりがあった。強盗事件があったのだ。
               非常線が張られ、ひっきりなしに刑事らが出入りする。
               「はいはい、どいてください」
               吉羽と田中は群がる野次馬どもの中を縫うように進み、非常線をくぐった。
               「ったく、のんきに写真なんか撮るな。こちとら仕事してんだ」
               「てか、あれってなんとかなんないんすかね。面白おかしく動画とか撮るんですよ、
               今のやつら。最低ですよ」
               「ああ、無断に撮ったら即逮捕、って条例つくってもらいたいもんだ」
               「でもそれだと別の問題が発生しちゃいますよ、先輩」
               「・・ちぇっ」
               2人は店の中に入った。
               道路に面していたガラスは粉々の上、中の棚や机なども倒されており、床もガラスの
              破片や破壊された陶器などで足の踏み場もない。
               「派手にやりやがったなあ・・」
               「死人が出なかったのは不幸中の幸いですね」
               「店の主人は」
               「奥で記者とかの質問に答えているそうですよ」
               部屋の隅では椅子に腰掛けている一人の初老の男性がいた。見るとひどく憔悴しきっ
              ている。
               「ご主人ですか」
               男性はうなづいた。
               「何を取られましたか」
               「・・・レジの中のお金を・・・」
               「金目のものとかはありました?」
               「いえ・・ここは食器とか小物ばかりですので・・・」
               「そうですか」
               2人は男性から離れて店を見つめた。
               「貴金属店、とかじゃなくなぜここだ」
               「そうですよね」
               と、2人の近くで声がした。
               「多分、やりやすそうな場所を狙ったんじゃないかな」
               「あ?」
               吉羽は声のする方を見てすぐにしかめっ面になった。
               「またいる!」
               健一は笑った。
               「遅かったじゃないですか。俺たち、待ちくたびれましたよ」
               「おまえっ・・・」
               「お店の方に怪我がなくてよかったわ」
               「それは俺たちも思いましたよ!」
               「奴らは金目のものが欲しくて強盗をやってんじゃねんじゃねえかな」
               「それはー・・・どういうことだ」
               城嗣は吉羽をちらっと見てこう言った。
               「ただそう思っただけさ」
               「なにい?」
               「さて、行くか。パトロール中だし」
               吉羽は3人の後ろ姿に睨みつけた。
               「もう来るな!邪魔すんなっ」
               「何しに来たんですかね、結局」
               「ふんっ、暇な奴らはこれだから」

               「どう思う?」
               「さっきの事件だろ」
               「ええ。犯人は・・きっと別の動機があって、あれはほんのてこ調べに違いないわ」
               城嗣はハンドルを握りなおした。
               「今にどでかいことをやらかすってわけか」
               「前置きってことだな。ふーん、どんなことをやるのか興味があるな」


               児童公園で遊んでいた華音と利香は時間を知らせるチャイムを聞いてそれぞれ幼稚園
              と小学校へ戻った。
               やがて園児らは引率されて集団で帰り始めた。ある場所まで来ると、華音は離れて歩
              き出した。
               彼女はポケットに入れてたものを取り出すと、ボタンを押した。

               「お、こんな時間か」
               城嗣は何かを確認すると懐に入れた。
               「あら、今日はいつもより遅いじゃない?」
               「今日は小学校と合同で行事をしていたらしい。それじゃ、行ってくる」
               城嗣はドアを開けて外へ出た。華音をお迎えに行くのだ。
               「偉いな、あの子はしっかりしてるよ」
               「ええ、ジョーもすっかり安心しちゃって」
               健一は純子が何やらうっとりするような表情をしていたが、気づかないのかそのまま
              無視するように彼女の前を通って奥へと行ってしまった。
               「・・・鈍感!」
               純子はいーだという顔をした。

               華音は、目の前に城嗣の姿をみて、嬉しそうな顔をしたが、彼女の後ろから近づく影
              に気づかずにいた。
               城嗣はすぐにその影に気づき、叫んだ。
               「華音!走ってくるんだ!」
               「え?」
               華音は振り向いて、誰かが近づいてくるのに気づき、駆け出した。
               しかし、その人物は逃げるどころか、追いかけてくる。城嗣がいても、だ。
               だが、城嗣にはその不自然さを考えている暇はなかった。かけてくる娘を抱えると、
              交番へ駆け込んだ。
               中にいた健一と純子は彼らの姿に驚いて見た。
               「どうした、ジョー。そんなに慌てて」
               「説明は後だ」
               城嗣はドア越しに外を見た。先ほどの追いかけてきた人物はドア前でうなだれてい
              る。
               すると純子は言った。
               「あの子だわ!」
               「あの子?」
               「前話してた子よ。きっと何かあるのよ」
               城嗣はドアを開けた。すると少年は中へ入った。なんだか落ち着かない。
               健一は前に進み出た。
               「君は以前からここを覗いていた子だね」
               「・・・・」
               「ねえ、何か言いたいんでしょ。お話ししてちょうだい」
               少年はずっと黙っていたが、自分を見つめる健一と純子の顔を見つめているうちに意
              を決したのが、こう叫んだ。
               「兄を助けてください!」
               「・・お兄さん?」
               「兄は、兄は・・操られているんです!このままだと・・・」
               2人は顔を見合わせた。
               「お願いします」
               少年は頭を下げ、肩も下げてうずくまるような格好で慟哭した。
               健一はうなづき、純子はそっと少年の肩に手を置いた。
               「何か飲む?話を聞かせてくれる?」
               彼女は少年を抱きかかえるように歩き、椅子に座らせた。
               華音を抱いたまま城嗣は健一とともに、じっと少年を見つめた。







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