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                     ー エピソード7  娘たちの思惑? ー



           幼稚園と小学校のちょうど間に児童公園があった。もちろん誰でも入れるのだが、日中はこの
          幼稚園・小学校優先になっており、園児と児童らが思い思いに遊んでいた。担任らも彼らの中で
          相手をしている。
           この2施設は交流が盛んで、幼小一貫教育を掲げていた。また、住宅街から少し離れた場所に
          あったので、苦情が入ることはない。
           だから子供らは安心して騒げるのだ。

           そして大きな木の下で、追いかけっこして遊んでいる2人の女の子がいた。城嗣の娘・華音と皐
          (さつき)の娘・利香だ。
           「あれ?」
           華音はある方向を見て立ち止まった。一人の少年がポツリと立ち尽くしている。何か物言いた
          げな表情だ。
           「あの人、どうしたのかな」
           利香がやってきた。
           「ダメだよ、華音ちゃん。知らない人に近づいちゃいけないって先生が言ったよ」
           「悪い人には見えないよ。わかるもん、かのんのパパ、おまわりさんだから!」
           すると利香は答えた。
           「あら、利香のママだっておまわりさんだよ?」
           「うん・・・」
           「先生に話しておこうかな・・」
           「あっ」
           思わず華音は声をあげた。少年が行ってしまったからだ。
           彼女はじっとその方向を見てたが、利香に呼ばれて歩いて行った。


           夜。その日は夕方から降り出した雨がまだ続いていた。なので、そこそこ歩いていた人たちの
          数も減り、すっかり静かな通りになってしまった。通り過ぎる車も本当に少ない。
           なので、頬杖ついてぼんやりしていた純子はため息をついた。
           「よく降るわねえ。だあれもいなくてまるでコーストタウンだわ」
           「こんな夜はきっと何かがー」
           すると純子。
           「きゃっ、やめてよ、健」
           そこへドアが開いて、城嗣が入ってきた。華音も一緒だ。
           彼は傘を畳むと、所定の場所へ置き、彼女の着ていたレインコートを脱がすのを手伝った。
           「今日は遅かったのね。何かあったの?」
           「急に呼び出されちまってさ。部長によると、あちこちで不審なブツが届けられているから用
           心しろってさ」
           「ふーん、そりゃ穏やかじゃないなあ。ま、こんな仕事してるとよくあることだけど」
           城嗣は笑った。
           「ったく、因果な役だぜ」
           「パパー、ここにあるアイス食べていい~?」
           城嗣はいつの間にやら冷凍庫を開けて覗き込んでいる華音を見た。
           「手を洗ってからだ」
           「もう洗ったよ」
           「わかったよ」
           「わーい」
           華音は早速1本取り出し、城嗣はコーヒーサーバーのスイッチを入れた。
           健一と純子はテレビを眺めていたが、相変わらずキャスターが喋り捲ってて、チャンネルを変
          えればまた殺人だ、殴り合いだ、というニュースが流れているだけだ。
           「こんなに静かなのも不気味だなあ。あるとすれば普通の事件だ」
           「あら、いいじゃないの。平穏な証拠だわ」
           「大物が入り込んでいるんだ、いつどこで起きるかわからないんだからな」
           「健は少しのんびりしたほうがいいわよ」
           純子はチラと城嗣を見た。彼はといえば、のんびりコーヒーを口にして目を閉じている。
           「”果報は寝て待て”だ、ぜ」
           「果報、ね」
           しばらく沈黙が続いた。雨の音しかしない。
           が、華音はアイスを食べ終わったらしく、城嗣の膝に乗って言った。
           「ねえ、パパ」
           「ん?」
           「パパはいつ、りかちゃんのママとけっこんするの?」
           「ぷーっ」
           城嗣は飲んでいたコーヒーを吹き出し、健一と純子は顔を見合わせた。
           「か、華音!」
           華音はそこにあったティッシュを持ってきて、城嗣のワイシャツを拭き始めた。
           「もー、おようふく汚しちゃってー、やっぱりママが必要だね、パパ」
           純子はせっせと世話を焼く彼女と困り顔の城嗣を見て、肩をすくめた。
           「佳美が聞いたら、大騒ぎだわ」
           「ねえ、けっこんしないの?」
           「あ、ああ、あのな、パパは今のままでいいんだよ・・」
           「ダメ!誰がかのんのいない間パパの面倒見るの?」
           「パパは仕事してるから、大丈夫だよ」
           「・・・あ!」華音は目をくりっとさせて城嗣を見上げた。「今日ね、知らないお兄ちゃんが
           いたの」
           城嗣は険しい表情になった。
           「どこで」
           「幼稚園と学校のちかく」
           すると純子は健一の方へ向いた。
           「ねえ、健。あの子じゃないかしら」
           「ああ、交番に時々来る、ってやつ?」
           「この前も覗いていたわ」
           健一は腕を組み、思案顔をした。
           「・・やはり、俺たちに用があるのか・・?」
           「ちぇっ、しょうがねえなあ、最近のやつは覇気がなくてよ。口があるんだからはっきり言
           えってんだ」

           警察の職員寮。
           そこでも母娘の会話があった。
           皐が台所に立っていると、利香がやってきて、手伝うそぶりをして彼女に言った。
           「ねえ、ママ」
           「なあに」
           「ママは一人でさみしくない?」
           皐は笑ったが、手を休めない。
           「なんなの、いきなり」
           「華音ちゃんのパパ、かっこいいね」
           皐は一瞬手を止めたが、また野菜を切り続けた。
           「何を言い出すかと思ったら」
           「優しそうだしさ。ねえ?」
           皐は包丁を置いて、利香に向いた。
           「男はね、かっこいいだけじゃダメなのよ。ただ優しいだけでもね」
           でも利香はなぜか笑顔になって去っていった。
           「利香、手伝いは?」
           皐はもう、と腰に手を当てて、やれやれと頭を振った。


           城嗣と皐は翌日ばったり署内であった。その瞬間変な間があったが、気を取り直して歩き出し
          た。
           最初は事件やら事故やらそれらしい会話をしていたが、なんとなく続かなくなり、皐は昨日の
          出来事を話した。城嗣は頷いた。
           「俺も華音に言われたぜ。はぐらかせたがな」
           「子供とはそういうものです。思いつきで言う・・。大抵は深く考えてない」
           「・・思いつき、ね・・」


           その後、城嗣と健一はパトカーでパトロールに出かけた。
           よっぽど困ったのか、城嗣は例のことを健一に愚痴っていたので、彼は苦笑した。
           「子供同士とは言え、しっかりしているな。きっとお互い親のことが心配なんだ。お前も見込
           まれたってわけだ」
           「ちぇっ、人ごとだと思いやがって・・。それよりおめえの方がー」
           「おい、パトロール中だぞ」
           「話を逸らすな!第一おめえが最初にー」
           そこへ音が鳴って入電が入った。
           『角の雑貨屋に何者かが侵入し数人の客を次々に負傷させた模様。近くの車は至急現場へ急行
           してください』
           「よし、行こう、ジョー」
           「ああ」
           城嗣はハンドルを切った。








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