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                     ー エピソード6 少年 ー





             その日の夜は激しい雨が降っていた。
             地面に激しく雨だれが叩きつけられ、ザーという音があたり一面に響く。

             そんな雨の中、傘もささずフードを被った一人の少年が立ってある一点を見上げていた。
             そこの窓からは明かりが漏れ、時折雨の音に混ざって声が聞こえる。子供の声と男性の声
            だ。
             子供は笑っている。

             少年はじっと見つめ、そして呟いた。
             「・・・助けてください・・・」

             朝になった。ドアを開けて華音が顔を出した。
             「あー、お日様出てる!」
             そして開けっ放しのまま中に向かって叫んだ。
             「パパー、早くー」
             「・・・そんなに急かすな。今行くから」
             城嗣は大欠伸をして出てきた。
             「ほら、パパ。かのんが手繋いであげるからね」
             「はいはい」
             彼女がこんなにハイテンションなのには訳がある。今日は休日。久々に城嗣と出かけられ
            るからだ。
             幼稚園に通い出して毎日楽しく過ごしているとはいえ、やはり彼と一緒の方がいいのだ。
             城嗣はそんな華音の楽しそうな表情を見て笑みを浮かべた。
             「よかったな、華音。昨日の雨が嘘みたいだ。」
             「うん!神様に通じたかな」
             「ああ、一生懸命お祈りしてたからな」

             やがて彼らは動物園に着いた。ここには市内有数の大きな施設で、世界的にも珍しい生き
            物がいることでも有名であった。なので最初から華音は大騒ぎで城嗣はついていくのがやっ
            とだった。
             「わあ、きれい~、ねえ、パパ見て!」
             「ああ・・」
             と、華音は城嗣に掴まってある方向を見た。そこには孔雀がいた。
             「なんだ、孔雀か」
             「なんで?お外に出ちゃったの?」
             孔雀は動じることなく優雅に歩き出した。上を見ると枝にも止まっている。見ると孔雀だ
            けじゃなく、彩りも鮮やかな大きな鳥も止まっていた。
             「ふーん、放し飼いか。よく逃げないもんだな」
             ふと視線を移した城嗣は、あれと言う顔をした。
             「あれは・・薬物課の・・」
             その男はジャージ姿でサングラスを掛けていたが、城嗣はそう言った。彼は人物の顔は一
            度見ただけで覚えられる特技があった。
             城嗣はその男が近づくのを待って声をかけた。
             「柏田(かしだ)さんも休暇ですか」
             「え?・・あ、ああ、浅倉か・・・まあそう言うところだ」
             「珍しいですね。ご家族と?」
             「ああ、でもちょっと飽きてしまってね。(笑う)はは、子供は無邪気なもんですよ」
             柏田は華音を見て微笑んだ。
             「お前もお嬢さんと?」
             「ええ」
             「どこも同じだな。それじゃ失礼するよ」
             柏田はそう言って手をあげ、城嗣は彼の背中を見つめた。
             「ふーん、あの堅物で有名な柏田部長がね。やはり子供には弱いんだな」
             「パパー、あっち行こうよ」
             「あ、ああ」
             華音に引っ張られて城嗣は歩き出した。
             「ふ、いくら休暇だからってジャージなんて。柏田さんらしくない感じだな」
             城嗣は笑った。でもまあ確かに子連れは動き回るから。
             「あー、キリンさんだ~、大きいね~」
             華音はすっかりハマってしまった。城嗣はまた引っ張られた。

             白バイを走らせていた純子はブレーキをかけた。
             「あら?」
             そしてじっと交番を見た。
             「留守なのかしら。ったくもう・・」
             彼女はバイクを近くにとめ、その入り口でポツンと立つ少年に近づいた。
             「ごめんなさい、何か困ったことでも?」
             「あ、あの・・」
             顔を上げた少年はちょっと戸惑った表情だったが、純子を見てほんのちょっと安堵したよ
            うな顔をしたが、すぐに視線をそらした。
             「大丈夫です・・」
             そして彼はそそくさと駆けてしまい、純子は思わず叫んだ。
             「待って!」
             が、少年は角を曲がって行ってしまった。
             「・・・どうしたのかしら」
             そして中へ入った純子はため息をついた。
             「・・・いるんじゃないの」
             「あ、先輩!」
             「あら・・久しぶりね」
             大槻巡査は立ち上がった。
             「はい、その節は大変お世話になりました」
             「嫌だわ、お世話なんて仰々しい」
             純子は笑った。
             すると奥から健一が出てきた。
             「しばらく他の交番で研修を積んでいよいよここをもう一人と引き継ぐってことになった
             らしいぜ」
             「そう・・もうこことはお別れね」
             純子は寂しそうに言った。そう、この付近の住人たちとも顔なじみになって事件は起きる
            がそこそこのんびりと過ごすことができたのだ。きっと住人たちも寂しがるだろう。
             と、ふと純子は入り口に視線を移した。するとそこにいた少年は彼女を見て慌てたように
            走って行ってしまった。
             「あ・・・」
             「どうした?ジュン」
             「またあの子だわ」
             「あの子?」
             純子は健一の方に向いた。
             「なんか時々ここを覗いてんのよ」
             「・・ふーん、そうなのか」
             すると大槻巡査は言った。
             「あ、私も見かけました。どうしたのか?と声をかけたんですが、何でもないっ
             と・・・」
             純子は俯いた。
             「・・・何か相談事でもあるのかしら・・。逃げてないで入ってくればいいのに」
             健一は頷いた。
             「そうだな・・・」


             警察署裏で柏田は辺りを伺い、携帯を取り出した。
             「・・・ああ、私だ。・・・心配ない、大丈夫だ。私が付いている、うまくいくさ」
             彼は中へ入って歩き出したが、一人近づいてきた。
             「あ、柏田部長、例の件行き詰まりそうです・・。どうも何かありそうで」
             「そうか。・・うん、わかった。私が何とかしよう」
             「はい、ありがとうございます」
             2人はエレベータに乗り込んだ。





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