ー エピソード2 再会 ー
書類に目を通してサインをしていた城嗣は入ってきた人物を見て手を止めた。
「お久しぶりです」
「やあ、元気か」
「ええ」
やってきたのは本条皐だった。彼女は美しいロングの黒髪をなびかせ、彼のところへやっ
てきた。
「復帰したらしいな。おめでとう」
「ありがとう。でも新人の教育係から始めることになって・・当分中での仕事は先になり
そうね」
「でもよかった。元気そうで安心したよ」
「そう言っていただけて嬉しいです」
城嗣はカップにコーヒーを注ぐと、彼女の前に置いた。
「ありがとう」
「君のことだから・・聞いたろ」
皐は一口飲むと、カップを置いた。
「少しね。でもあなた方の方が詳しいんじゃない?」
「そんなことはないぜ。俺たちを煙たがっている奴らのせいで影でコソコソしなくちゃな
らないんでね」
「でも私はあなた方を買っています。期待してますよ」
しばらくして彼女は立ち上がった。
「ご馳走様」
「もう行くのか」
「(笑う)長居は無用のようなので」
皐はちらと入り口を見て歩き出した。そしてドアを開けるとそこにいる佳美に言った。
「コーヒーをいただいたの。それじゃ」
佳美は皐の後ろ姿にいーだ、という顔をして中へ入った。
城嗣は彼女を見てそして別のカップを手にした。それは佳美のだった。
「・・・あの人来てたの」
彼はそっとカップを置いた。
「何かバル*みてえだな」
「はい、じゃバーテンさん、フォカッチャも頂戴」
「そんなのねえよ」
「じゃあ作んなさい」
城嗣はやれやれと頭を振った。
「何しに来たのよ」
「・・本条女史のことか?仕事のことだ」
「ふーん」
「他に何話すんだよ」
「知らないわ」佳美は立ち上がった。「ご馳走様。戻るわ」
「何だよ、変な奴」
ドアを出た佳美ははあと息を吐いた。
「・・・バカね、私って・・ばかみたい。彼に八つ当たりして」
そんな佳美なので純子とともに署内の職員食堂で遅い夕食を取っている間も元気がなかっ
た。
純子は彼女から事情を聞くと、微笑んだ。
「佳美、気にしない、気にしない。仕事の話だったんでしょ。あの人はジョーのこと信頼
しているようだから話をしてたのよ」
「うん・・・。でも、私、浅倉くんに悪いことしたわ。きっと・・」
純子は相変わらず落ち込んでいる顔の佳美を見つめた。彼はそんなこと気にしないと思う
けどなあ・・。
彼女は軽くため息をついた。
交番奥から出てきた華音を見た城嗣は大きめのタオルを手にして彼女の髪を拭いた。
「よく洗ったか?」
「うん」
小さい子は一緒にバスルームに入るところだが、彼女はしっかりしてきたし、近くで見
守ってあげるくらいでいいだろうと彼は考えていた。小さくともレディなのだ。
「ねえ、パパ。あのね、今日利香ちゃんと遊んだんだよ」
「利香・・?」
「ほら、パパのお友達の子供」
「ああ」
城嗣は皐の連れていた娘を思い出した。
「華音の行っている幼稚園と利香ちゃんが行っている小学校一緒なの」
どうやら幼少一貫校の様だ。
「小学校のお兄さん、お姉さんと一緒に遊びましょうってあってね、華音たちと遊んだん
だよ」
華音の濡れた髪を梳かしていた城嗣は不思議な偶然を感じた。
思えば皐も仕事のキャリアをこなしていく傍ら、シングルマザーとして一人娘を育ててい
る。自分の境遇を重ね、なんとなく彼女に親近感を覚えて始めていた。
「よし、これで終わり」
「パパ、ご本読んで!」
「ああ」
2人は奥の小上がりに引っ込んだ。
*バル・・・イタリアの街にある、喫茶店・コーヒーショップ。カウンター
形式を主とし、各種アルコール飲料を置く。人々の憩いの場で
もある。