夕暮れも迫った頃になった。
                入り口近くで外を見ていた大槻巡査は一人の男性がやってきて中へ入ってくるのを
               見ると、そばへ近づいた。
                「もし・・」
                「どうかなさいましたか」
                「私は隣町にある養護施設の者です」
                「何かお困りごとでも?」
                巡査はとりあえず男性を座るように促した。足が悪いらしくびっこをついているか
               らだ。奥から健一も出てきた。今日はこの2人で当直なのだ。
                「あの、うちにもお金が舞い込んだのです」
                「お金?」
                「きっとお恵みです。あの女性たちが入れたのでしょう」
                健一はじっと彼を見つめた。
                「お願いなのですが、どうか、捕まえないでください。あの人たちはいい人なので
                す」
                「でも・・・」
                「我々のような者たちにお金をくださったのですよ。悪い人ではありませんよ」
                「でもね、人殺しをしてるんですよ。それで奪ったお金なんですよ」
                「人殺しでも、相手は悪人でしょう。懲らしめられて当然じゃないですか」
                巡査は困った様子で、まるで助けを求めるように健一に振り向いた。健一はため息
               をついた。
                「お願いです、お巡りさん。あの人たちをそのままにしてやってください。お願い
                です」
                男性は頭を下げた。
                「・・・そう言われても・・」
                だが、男性は立ち上がり、またお辞儀をすると、出て行ってしまった。
                巡査はふうっと息を吐いてカウンターに入ったので、健一は彼にコーヒーを入れた
               カップを渡した。
                「鷲尾さん・・これで3件目です」
                「そうか。・・・困ったもんだな・・確かに彼女たちは殺しはしているが、罪のな
                い人たちを助けようとしている。わからんな・・」
                健一は壁に寄りかかった。そして腕を組み、目を閉じた。
                (・・一体、何を考えてる?)



                警察寮の階段下に1台のバイクにまたがった人物がいた。
                背中に大きな蜘蛛のイラストをあしらった黒いボディスーツ姿でヘルメットをした
               女だ。
                「・・・今日は遅いのか・・」
                そう独り言を言った彼女の耳に、子供の笑い声が聞こえてきた。女はそっと身を屈
               めた。
                「わーい、今度のお休みは動物園に行こうね、パパ」
                「そうだな、ずっと行ってなかったからな」
                「楽しみだね!」
                それは城嗣と華音だった。いつものように署内の保育所に迎えに行ってきたのだ。
                そんな華音も新年度には幼稚園に通うことになる。しばらくは城嗣を恋しがって大
               変そうだが、それもきっとすぐに慣れるだろう。またこうして迎えに行くことだって
               可能だからだ。
                (・・・子供がいたの・・)
                「・・あれ?パパ、誰かいるよ」
                「え?」
                女はハッとしてエンジンを吹かし、バイクを発進させた。それは2人に向かってき
               たので、城嗣はとっさに華音を抱え、しゃがんだ。
                バイクは2人の頭上を越え、そして闇の中へと去って行った。
                「・・・あいつか」
                城嗣は顔を上げ、もう見えなくなった前方を見つめた。
                (俺を待ち伏せしてたのか。くそう・・)








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