夜も遅くなった。寮へ向かった城嗣だが、階段に足を掛けた瞬間に何かを感じ、
                振り向いて自分に向かって襲いかかってきた女の腕を掴んだ。
                 「くっ」
                 女は振りほどき、足蹴りをしようとしたが、城嗣はそれをかわした。女の後ろへ
                流した長い髪がふわりと揺れた。
                 「お前がブラック・ウィドウか!」
                 女は笑った。
                 「はん、さすがの身のこなしだね。敬服するよ」
                 「うれしいね。なぜここに?俺に興味でもあるのかい?」
                 「あるよ。腕のいいサツだと聞いてね」
                 「光栄だな、君みたいな美人にそう言われるとは」
                 「ふんっ、口説こうったってそうはいかないよ」
                 「俺だって気の強い女はごめんだね」
                 「”人殺し”の間違いだろ。いいかい、あたしたちは何だってやるよ。ボスに忠誠を
                 誓ったんだ。くずな男どもを殺してやる」
                 城嗣は去ろうとする女を追いかけようとしたが、砂を掛けられ、思わず伏せた。
                 彼が立ち上がった時にはすでに女の姿はなかった。城嗣はくやしそうに歯ぎしり
                をした。
                 「・・・くそう・・」


                 吉羽刑事らは現金入り封筒が投げ込まれたと言う孤児院に出掛けた。
                 彼らを出迎えたのはここの院長をしている老人とその妻であった。彼らは2人の
                聴取に応じていたが、老人はこう聞いた。
                 「あのう、お訪ねするが、あのお金はもし持ち主が現れんだら、ワシらに下さる
                 のですか?」
                 「ええ、そうですな。もし現れなかったらね」
                 「不謹慎じゃろうが、そう願っておるんじゃ」
                 2人は顔を見合わせた。
                 「数年前にもお金が舞い込んできた事があっての、ここの子等に少しでも食べさ
                 せてやることが出来て大助かりじゃった」
                 「ああ、そうでしたか・・」
                 吉羽は珍しく真剣な面持ちでうなづいた。いつもなら一笑するのに、と田中は
                思ったが、黙って老人を見た。
                 「このお金も子供達のためになるのなら嬉しい事はない、刑事さん、そのときは
                 どうぞよろしくお願いいたします」
                 2人は老人たちに一礼すると、外に出た。すると子供達の声が聞こえ、彼らは振
                り向いて小さな庭に作られた砂場で楽しそうに遊んでいる彼らを見つめた。
                 「先輩・・」
                 「やれやれ、あんな笑顔を見せられちゃ、あれがホントにここのものになるとい
                 いなと思ってしまうな」
                 「そうですね。でもなりますよ。だって差出人の名前が書いてないんだから」
                 「行くぞ」
                 田中は付いて行きながらこう言った。
                 「先輩の事、見直しました。けっこう優しいんですね」
                 「うるせえ、”けっこう”は余計だ」
                 2人は止めてあった車に乗り込んだ。






                                  fiction