女たちは廊下奥にある扉を開け、中へ入っていった。この先は階段だ。
健一と城嗣は後を追いかけたが、健一は舌打ちをした。
「しまった。上下どっちへ行った?」
城嗣は耳を澄まし、言った。
「足音の響きから下へ行ったぜ」
「よし、行くぞ」
2人は駆け降りた。が、真面目に降りていたのでは間に合わない。彼らは手すりから
飛び降りてまるで猿のような俊敏さで下へ向かった。
そして女の黒い衣装を捉えた。
「逃がさんぞ!」
女たちは見上げた。
「・・くそっなんて足の速い・・っ」
「くらえっ」
女は何かを投げつけた。2人は避けたが、それは壁に当たるとシューっという音を出
し、辺りに煙が充満し始めた。
「・・しまった!」
「どこかへ逃げ込んでしまうぞ!」
健一は携帯を取り出した。
「女たちが署内を逃げ回っている、応援頼む!」
捜一の吉羽は一瞬慌てたが、落ち着き払って答えた。
「わ、わかった」そして切って辺りに叫んだ。「おい、行くぞ!女たちが署内にい
る、探しまわれ!」
「お−!!」
捜査一課の男たちは一斉に部屋を飛び出した。
一方の健一達は建物の外にいた。女達が逃げ出さないとも限らないからだ。たとえ当
てが外れたとしてもそもそも犯人を捕まえるのは捜査一課の仕事だ。自分たちは彼らの
仕事を手助けしてやればいい。
と、ガラスの割れる音がして、誰かが飛び出してきた。女が一人だ。
城嗣は狙いを定め、女を受け止めると、その場に抑えた。
「離せ!・・こいつっ・・」
城嗣は彼女を立たせると、抑えたまま歩かせた。玄関を抜けて中へ入るとロビーでは
人だかりがあった。吉羽達が見える。どうやらもう一人も捕まったらしい。
「・・・」
女はこうべを垂れた。
「終わったな」
彼女は顔を上げて城嗣を睨んだ。
「うるさいっ」
彼は肩をすくめた。
最後のBlack Widowー御用となる。
一斉に街に号外が溢れた。人々はもうこれで街も平和になると安堵し始めた。
彼女らが盗んだお宝や現金は一定の手続きを済ませた後、彼女達の思いを汲んで孤児
院や施設などに均一に配られた。彼らの中には残念がる者達もいたが、やはり犯罪は犯
罪だ。きちんと区切りをつけなければならない。
城嗣は厳重に警備された建物の中を歩いていた。入り口に立つ警備員が敬礼する中静
かに入り、無機質な廊下を進んだ。
彼が足を止めると、鉄格子の向こうにいる女たちが一斉に彼を見た。彼女たちは一人
一人小部屋に入っている。ここは彼女たちの一部が入っている独房だ。
「何しに来たんだよ。冷やかしか?」
「様子を見に来たんだよ。どうしているかってね」
「ふんっ。どうせ哀れな目で見てるんだろ。また務所だなんてみじめなもんさ」
城嗣はじっと彼女たちを見つめた。
「・・もうこれで終わりにするんだな。ここが、君たちの”ラスト・ケージ”になるよ
うに」
女はフッと笑った。
「・・考えておくよ」
城嗣は引き返そうとしたが、女の声に立ち止まった。
「リサは・・・ああ、本名はアリーチェって言ったけ。あんたに会ったことで仕事を
続けるのを止めようとしたらしい。・・あんたに本気で惚れていたんだな。女という
のは愛する男には素直でいい女になりたがるもんなんだよ・・」
「・・・・・」
城嗣は再び歩き出した。女たちもじっと彼を見つめた。
健一は大槻巡査とパトロールへ出かけた。
一人残った城嗣はエスプレッソを淹れると一人くつろいで新聞に目を通した。しばら
く静かな生活に戻れるな。
カップを置いた彼はふと床の方に目をやって新聞を置いた。そして立ち上がり、しゃ
がんで自分を見上げている黒い蜘蛛に話しかけた。
「なんだい?久しぶりだな。元気でやってるのか?」
蜘蛛は少し腕を動かした。
「あいつがいなくてよかったぜ、何しろ虫を見ると大騒ぎだからな」
城嗣はいつもやってくる純子が珍しく署内で忙しくしているのを思い出してそう言っ
た。
蜘蛛はしばらくいたが、まるで彼と話ができたことで満足したのか、外へ向かって歩
き出した。
城嗣はドアを開けた。
「・・・また会えるか?」
蜘蛛は彼を見上げてそして草むらへ隠れるように行ってしまった。
そして呟くように言った。
「・・・元気でな・・・お前のことはずっと忘れない・・」
と、そこへ元気印の彼女がやってきた。
「浅倉く〜ん!」
「・・・なんだよ、大声出すな」
「ま、つれないのねっ人がせっかく陣中見舞いにやってきたというのにさ」
佳美はそう言って、どん!と紙袋をカウンターに置き、背中を向けた城嗣に向かって
あかんべーをした。
「何もしてやんねえぞ」
城嗣はそう言っているが、彼女の前にエスプレッソを注いだカップを置いた。彼女は
知っていた。これは彼の国では相手に対するもてなしの一杯なのだ。
「ありがとう」
佳美は口にした。エスプレッソは慣れない人にとってはかなり濃く苦い。でも美味し
く感じられるのは彼が心を込めて淹れているからだ。佳美はそう信じていた。
彼女は城嗣の後ろ姿を見つめた。今回の事件はきっと彼の心に深い傷を負わせてし
まったことだろう。
(・・・・浅倉くん・・。ゆっくり癒してね。私・・彼女のようにできないかもしれ
ないけど、あなたの支えになってあげるからね)
佳美はじっと目を閉じた。
外も雑踏が途絶え、空には星々が瞬いていた。
ー 完 ー