「あら?」
                白バイを走らせていた純子はふと止まった。彼女の先には健一たちの勤務先の交番
               があったが、そこに談笑している巡査と女性の姿があった。
                「あの女性、この前も来てたけど・・・ずいぶんと打ち解けた感じ」
                しばらく純子は見ていたが、バイクを走らせた。
                そして署に戻ると、そこで仕事をしていた健一たちにこのことを話した。
                「ふーん、まあ長い事同じ場所で仕事しているとそんな事もあるだろうな」
                「そうよね、だってね、別の課にいる私の同期なんて、出先でちゃっかり彼氏捕ま
                えてんのよ。どうして私は側にいるのにうまくいかないのかしらねえ」
                純子は明らかに健一に言ったのだが、彼はてんで気がつかないようだ。城嗣は頭を
               振ったが、また暗い表情をした。なので、純子は彼に声をかけた。
                「どうしたの、ジョー。顔色悪いわ。具合でも?」
                「えっ、い、いや・・なんでも・・」
                健一は黙って城嗣を見つめた。


                夜の当直は健一だった。彼が交番に戻ると大槻巡査は最終チェックをしていた。
                「ご苦労さん、報告してくれ」
                「はい」
                大槻巡査は交代からの出来事などを事細かく説明した。
                「今日はそんなに大きな事件はなかったようだな」
                そしてしばらく間を空けた後、こう聞いた。
                「ああ、大槻君・・」
                「え、はい、なんでしょう、鷲尾さん」
                「君・・誰に対しても優しくするのは大事だが・・時にはよく相手を見極めないと
                いかんぞ」
                大槻は不思議そうな顔をして健一を見た。
                「・・どういう意味ですか?」
                「うん・・。前に親しくしていた相手が豹変して精神的に追い詰められた奴がいて
                ね・・・」
                大槻はああ、という顔をした。
                「鷲尾さん、女性ですよ?心配ご無用、です」
                そして彼は奥へと行ってしまったが、健一はじっと彼の後姿を見つめた。
                (・・・女だからって危険がないわけじゃない。・・Black Widowだってー)
                健一はハッとして眉をひそめた。
                (・・・Black Widow・・・・?まさか、な・・)


                その女性はある日交番を訪れた。が、今回はなんだか様子がおかしかった。なにや
               ら思いつめた表情で黙っている。なので大槻は彼女に近づいて声をかけた。
                「どうかしましたか。今日はどんなご用事で?」
                すると女性は言った。
                「そうよね、お巡りさんはお忙しいですものね。こんな私を相手にしてくれ
                て・・・本当、お優しいのね」
                と女性は突然後ろ手に隠し持っていたサバイバルナイフを振りかざし、彼に突きつ
               けた。
                「いいえ、お人好し、といったほうがいいかしら」
                「・・・」
                「馬鹿ね、女たちの事件知らないわけないでしょうに。ねえ、教えてよ、あいつは
                どこ」
                「あいつ?」
                「あんたの上司よ」
                大槻巡査はあっという顔をしたが、知らん顔を続けた。
                「さあ・・上司はたくさんいますから」
                「なにっ」
                そこへ佳美が飛び込んできた。
                「何してるの!そんなものしまいなさい!」
                女はちらとピストルを構えている彼女を見た。
                「あんたこそおもちゃしまいなさいよ。危ないわよ」
                「なんですって?」
                女は突然足蹴りをし、ピストルを蹴落とした。
                「・・・!」
                佳美はハッとして拾おうとしたが、女は逆にそれを持って彼女の頭につけた。
                「女の子はお巡りの真似事なんかしちゃいけないわ」
                「・・・」
                「おとなしく男のお嫁さんになっていればこんなことにならないで済んだのにね」
                女は弾をセットした。
                「おやすみなさい、お嬢さん」
                すると横から蹴りが入り、女は悲鳴を上げ、床に倒れた。そしてすぐに起き上が
               り、目の前に立つ城嗣を見上げた。
                「君だって女の子だろ。おとなしくしたらどうだ?」
                女は立ち上がった。
                「俺に会いに来たんだろ」
                「ふん、思い上がるんじゃないよ。きっとかたをつけてやるからね」
                女は出て行った。城嗣はやれやれと制服について埃を払った。
                「ちゃんと掃除したのか?汚れてるぞ」
                彼は自分を見ている大槻を見た。なぜか彼は笑みを浮かべていた。
                「さすがです、先輩。やっぱり先輩にお返ししますよ」
                「は?」
                きょとんとする城嗣だったが、途端に佳美が首に抱きついてきてよろめいた。
                「浅倉く〜ん。コワカッタ〜」
                彼は思わず彼女を払いのけた。
                「離せっ」
                佳美は膨れた。
                「もうっ、釣れないんだから〜!」
                「ほら、おもちゃ返すぜ」
                佳美は、城嗣がピストルを放り投げたので慌てて受け取った。
                「・・もう・・」
                城嗣はふと机上のメモ用紙を見つけ、それを手にした。
                『それでは先輩、署に戻ります。あとはよろしくお願いします。村上先輩をよろし
                く』
                そしてため息をついた。
                「あいつ・・」
                「ねえ、浅倉くんったら〜」
                城嗣はメモをポケットにしまった。
                「変な声出すなよ」
                「鷲尾くんから聞いたわ、今日一人なんでしょ?しばらくいていい?」
                「・・勝手にしろ」
                「うわ〜い、それじゃあお言葉に甘えて♪」
                「離せってば、くっつけって言ってねえよ」
                「何よ、女の子放っとく気?」
                「ふん、何が女の子だ」
                「憎まれ口聞くとますます離さないわよ」
                「じゃあ夜食作ってやんねえ」
                「バンザーイ!」
                佳美はカウンターに椅子を持ってきてさながらバーみたいに陣取った。
                「よろしく、バーテンダーさん」
                城嗣は大きくため息をついた。
                今夜はずっとこいつと一緒か?
                無事に朝を迎えられますように。

                当直の夜は長そうだ。










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