「早く調書を取れ!まだやってねえのか!」
「す、すみません・・」
城嗣は慌てるように仲間の元へと急ぐ巡査を睨むように見たが、すぐに歩き出した。
そんな彼を見つめる瞳があった。佳美だ。
彼女は交通課で仕事に当たっていたが、城嗣の事を聞きつけて追ってきたのだ。
「浅倉くん!」
城嗣はちらと彼女を見たが、すっと前を通り過ぎて行ってしまいそうになり、彼女は
すぐさま彼を追いかけた。
「待ってよ、ねえ待って」
「・・・・」
城嗣は立ち止まった。前に佳美が立ちはだかったからだ。
「・・どけ」
「いやよ」
「・・なにっ?」
「ここを通りたいんなら、私を殴ってから行きなさい」
城嗣はふんという顔をして避けるように前へ進もうとした。が、佳美は負けない。
「ダメよ、話を聞いて」
「うるせえな、どけったら」
「どかないわ!」
「・・・くそ・・」
と、佳美は城嗣に抱きつき、しっかり両腕で包むように抑えた。
「離せよ!」
「離さない」
佳美は城嗣に抱きついたままじっとしていた。彼が私を振りほどいて立ち去ろうとす
るかもしれない。本当に殴られたらどうしよう・・。
が、城嗣は何もしなかった。それどころか同じように腕を自分の背中に回している。
佳美は彼の背中をさすった。彼の震えが感じられたからだ。
彼女は何も言わず、そして城嗣は目を閉じた。
それから数日が経った。
城嗣はパトロールに出かけると告げ、健一が一人交番に残った。
しばらく健一はかかってくる電話の応対をしたり、無線を聞いたりして過ごしていた
が、ちらと時計を見てつぶやいた。
「・・・遅い」
健一はふと床を見下ろした。大きな黒い蜘蛛が歩いてくる。
「お前・・・この前会った・・?」
蜘蛛は立ち止まり、腕を振り上げるしぐさをした。そして彼を見上げるように見つ
め、腕を盛んに動かした。
「何か言いたそうだな・・・」健一はハッとしてふっと笑った。「はは、俺としたこ
とが。蜘蛛だろ」
しかし蜘蛛はドア近くまで来ると、振り返り、こちらを見た。まるで何かを知らせて
いるようだ。
「・・・・」
健一は何か予感が働き、蜘蛛についていった。やがて蜘蛛は姿を消したが、交番脇の
茂みの中から人間の手が横たわっているのが見え、彼はハッとした。
近づいてみると、その手の奥には警官の制服が見えた。
「・・まさか」
健一はその腕を引っ張った。やはり思った通り城嗣だった。
「ジョー!どうした!おいっ!」
健一は城嗣の体を揺さぶった。彼はゆっくりと目を開けた。
「・・・健か・・」
「・・お、おい、ジョー・・どうしたんだ。・・・まさか・・お前ー」
「(力なく笑う)・・俺がそんなおセンチなことをするとでも思ってるのか?・・・
いきなり背後から殴られたんだ」
「・・・そうか。よし、立てるか」
健一は城嗣を立たせると、肩を貸して中へ入った。
そして奥へと連れて行き、ゆっくり休むよう言って執務コーナーへ戻ったと同時に純
子が入ってきた。
健一は城嗣のことを話した。純子も心配していたからだ。そして、てっきり今回の事
件のことで、やけになり自決を図ったのかと思ったと言うと、純子も頷いた。
「しばらく様子を見た方が良さそうね。それと、そのジョーを殴ったやつ。誰なのか
しら」
「さあね。・・・でも多分あいつらのうちの誰かだろう・・」
「そうよ、まだ解決してないわ。早く手を打たないと」
「うん」
2人はガラス越しに人々が行き交う通りに目をやった。