それから数日が経った。
交番に電話の呼び出し音が響いた。
「はい、デリカ前交番。・・・え?脅迫?」
城嗣は振り向いて健一の背中を見た。
「で、それはいつ頃です?・・・ええ、・・・午前中ね。あー、今度
の土曜日に運動会があるんですね。・・なるほど。分かりました、そ
ちらに伺います。」
健一は受話器を置くと、何やら書き出した。
「どうした?」
「ああ、保育園から、ある男から電話で『運動会を中止しろ、さもな
くば園内に爆弾を仕掛ける』というのがあったそうだ。」
「・・・保育園?どこの保育園だ。」
「えーと・・そこの通りを右に渡ったところだ。」
「・・・」
城嗣は思い出した。そこはつい先日見学に行った保育園だ。そういえ
ば、そこにいつも言いがかりをつける男がいたな。まさかそいつが?
2人はそこの保育園に向かった。
対応した園長はお礼を言って彼らに事情を話し始めた。
「実は前々から、子供達の声が五月蝿いとか言って来る男性がいまし
て、恐らくその人の仕業ではないかと職員一同思っているんです。こ
の前は、今度五月蝿くしたら大変な事になるぞ、と。」
健一と城嗣は顔を見合わせた。
「やっぱりあいつか。」
「・・知ってるのか。」
「ああ・・華音を連れてここに来た時に見た。」
「あら、貴方、もしかしたらとっても可愛いお嬢ちゃんを抱っこして
た・・」
「え?」
「うちの職員がうわさ話をしてましてね、背の高いとても素敵なお父
さんが来てた、とか何とか言って・・」
「・・はあ・・」
「警察の方だったなんて。」
「・・健、この園の周りを見て回ろう、何か掴めるだろう。」
城嗣は園長たちに挨拶をすると、行ってしまった。ので健一は同じよ
うに会釈をして慌ててついて行った。きっと照れているのだろう、と彼
は思い、からかうように言った。
「ジョー、お前は目立つからな。」
「・・目立つって何だよ。」
「まあ、いいさ。」
「良くないっ」
「まあまあ。」
2人は保育園を囲っているフェンスに沿って歩いた。すると、その茂
みの隙間から中を伺っている一人の男の姿が目に飛び込んで来た。
2人は近づいた。
「もしもし、何をしているんです?」
振り向いた男は、警官姿の2人を見て驚いたのか、反対方向へ駆け出
した。
「待て!」
健一はダッシュし、城嗣はそれよりも先回りして男の行く手を遮るよ
うに立ち止まった。
男は慌てて横に逸れようとしたが、健一は彼を捕まえた。
「待つんだ。」
「俺たちから逃れると思うなよ。」
男は2人に強い力で押さえられたので、叫ぶのがやっとだった。
「・・離してくれ、俺は何もー」
「いいから、来い。何もなければ逃げたりしないだろ。」
健一と城嗣は観念したのか大人しくなった男を連れて交番へ戻った。
そしてしばらくして連絡を受けた吉羽刑事らがやってきたが、吉羽は
胡散臭そうに2人をじろっと見た。
「何であなた方が・・?」
「ここに連絡が来たんだ。当然だろ。」
「俺たちはいつも住民たちと溶け込んでるからな。署の人間と違っ
て。」
「溶け込み過ぎだっ!」
「先輩、今回ばかりは彼らの手柄ですよ。」
「うるさいっ、『犯人は現場に戻って来る』というセオリーがあるの
を知らんのか。たまたまそれが当たっただけだ。」
吉羽は2人に向かって恭しくお辞儀をした。
「ではこいつはこちらで。失礼。」
そして外へ連れ出し、パトカーに乗せて行ってしまった。
2人はパトカーを見送ると、中へ戻った。
男は取り調べに素直に従って話し始めた。
過去に結婚し、子をもうけたが離婚し、一人になってしまった。仕事
も見つからず、貯金を取り崩しながらの生活をしていた。
そんな彼は近くの保育園から聞こえる子供達の声につい自分のみじめ
な境遇に照らし合わせ、本当なら幸せな家庭を持っていたはずなのに、
とそう思っているうちにだんだん憎らしくなり、つい攻撃し始めたと言
うのだ。
吉羽は部屋から出るとこう言った。
「やっぱりな。」
「何がやっぱりなんです?」
「犯罪が起きるとだいたいが、無職のヤローだ。する事がないから犯
罪に走るんだ。」
「先輩、決めつけは良くないですよ。」
「何言ってんだ、本当の事だろが。」
「・・そりゃそうですけど・・」
「・・まあ、こんな社会になっちまったのも原因だがな。むなしい世
の中だ。」
「そうですね。」
交番ではすっかり夜になって暗くなった外を眺めている健一と城嗣が
いた。通り過ぎる車のヘッドライトが眩しい。そんな彼らの後ろの小部
屋では、華音が遊んでいた。テレビでは子供番組をやっている。
「そういえば、華音ちゃんを入れる保育園は決まりそうか?」
「・・そうだな・・。まだあと数件あるが・・あんなのがいると思う
と不安になる。」
健一は城嗣の横顔を見た。仕事を離れてすっかり父親の顔をしてい
る。
「お前らしくないな・・。あんなのばっかりじゃないだろ、大丈夫。
それにしても、子供の声が五月蝿い、なんてな・・世知辛い世の中に
なったもんだ。」
「確かにうるせえとは思うけどな。・・でも・・道ばたとかならとも
かく、あのような施設でも自由にのびのびと遊んではいけないの
か・・」
2人は黙って通り過ぎる車を見つめた。
やがて城嗣は娘の相手をしに奥へと引っ込んだ。健一もため息をつ
き、机に戻った。
